駿台予備校に通っていた時に授業やその著書物理入門で大変お世話になった山本義隆先生がこのたびの福島原発での事故を目の当たりにして考えたことをつづられ、8月に本として出版されています。
山本義隆『福島の原発事故をめぐって』
http://www.msz.co.jp/news/topics/07644.html
高校時代に物理入門の最後の章の最後の部分で核分裂の項目があった際に、
原子炉を運転すればするほど危険な放射性廃棄物が生み出され蓄積され、そのつけを子々孫々にのこすことになる
という記述があり、数式と見事な論理で構成されて一番わかりやすかった当時のこの参考書の中でも、この箇所だけは際立っており、それ以来積極的に原子力発電に対して賛成する姿勢はとれませんでした。
その長年の思いがあったため、今回の原発事故後に山本先生が本を出されるということを知って以来、どんな内容になるのか期待していました。
内容としては、政治家、官僚、物理学者、その他の学者、原子力エンジニアなどの数々の著述や発言をもとに、山本氏が当時の背景や主流だった考え方を紹介してゆき、結果として「原子力ムラ」と呼ばれる閉鎖的な原子力関係者のなれ合い関係が出来上がるに至った流れを説いています。その流れが、アメリカでの原爆開発、つまりマンハッタン計画から始まり、戦後「原子力の平和利用」というかけ声のもとで、原子力発電がもともとは原子力の軍事的利用から発展してきているということを克明に描かれています。日本での原子力発電開発も岸信介らのある意味、意地とも思えるこだわりから、原爆を投下されて間もない頃から押し進められていき、やがてそれが日本各地の原発建設につながり、果ては核燃料リサイクル施設まで続いていく様子も述べられています。
一方、技術と労働の観点から見た、原子力発電の未熟さについても述べられています。すなわち、科学理論の生産実践への適用までの距離という点に関して、電気科学理論から電気工学までの距離、あるいは化学理論から化学工業までの距離にくらべても、原子核物理学から原子核工学すなわち核兵器生産と原子力発電までの距離はもっと大きく、そのための困難と問題が大きすぎることを問題視しています。電気工学や化学工業でも有害物質はつきものですが、その有害性を無害化するコストに比べると、原子核工学で生じる有害物質を無害化するにはあまりにもコストが高く、それこそ例えばプルトニウムが放射線を出さなくなるまでに何十万年にも及ぶことから考えれば、文字通り桁違いにコストが大きくなるわけです。
原発に関して単純に反対か賛成かの議論をする前に、多くの人々、とりわけ原子核工学に対する政治的決定権を持つ人々を選出する一般の人々が、こうした点を意識することが重要ではないかと思います。



