一万年の進化爆発 文明が進化を加速したを読み終えました。昨今、遺伝情報解明が急速に進む中、遺伝生物学見地から、人類の進化を論じ、文化や社会の遺伝情報に対する影響なども踏まえながら人類の進化を論じています。
特に面白いのが本書の第7章です。アシュケナージ系ユダヤ人、すなわちドイツのユダヤ人について欠かれていますが、本書の他の全ての章はこの章を書くために用意されたのではないかと思えるほどです。ここでは、まずユダヤ人の優秀さについて語られており、彼らが平均して 112 から 115 の IQ を持ち、科学や文学、エンターテイメントといった分野でここ200年ほどの間に目覚ましい影響を世界中に与えていると書いています。彼らは人口にして約1千万人にもみたず、世界人口の600分の1でしかないのにも関わらず、全ての科学関連のノーベル賞の4分の1を獲得し、米国人口の3パーセント未満であるにもかかわらずアメリカ人ノーベル賞受賞者の27パーセントを占め、チューリング賞の25パーセントを占めています。また、20世紀の世界チェスチャンピオンの半数はアシュケナージ系ユダヤ人であり、ビジネスにおいては CEO の約5分の1、アイビーリーグ学生の約22パーセントを占めているのだそうです。
実際にアシュケナージ系ユダヤ人で有名な人といえば、物理や数学ではアルバート・アインシュタインを筆頭に、リチャード・ファインマン、ジュリアン・シュヴィンガー、マレー・ゲルマン、オッペンハイマー、フォン・ノイマン、エド・ウィッテン、グリゴリ・ペレルマンといったそうそうたるメンバーが並びます。思想や哲学や経済学では、フロイト、マルクス、ポール・サミュエルソン、ピーター・ドラッカー、ラリー・サマーズ、エンターテイメントでいえば、スピルバーグ監督が有名ですし、ハリウッドにはユダヤ系の活躍ぶりが目立ちます。ネット関連ではグーグル創業者のセルゲイ・ブリンやラリー・ペイジ、Facebook のマーク・ズッカーバーグもアシュケナージ系ユダヤ人です。
本当に様々な分野で目覚ましい業績を上げている人々がユダヤ人の中から出ているのは、実は DNA によって説明できると、著者のグレゴリー・コクランとヘンリー・ハーペンディング両氏は述べています。ユダヤ人の中にティー・サックス病やゴーシェ病、家族制自律神経障害、そして二つの異なる方の遺伝性乳がんといったまれで重篤な遺伝病を持つ確率が多いのだそうです。すなわち、北ヨーロッパでホワイトカラーの職業で成功するために持った遺伝的な強みが、実は副作用としてそうした病気を持つ対立遺伝子を持つに至ったという仮説を彼らはたてています。そしてその仮説をじっくりと解説するためのお膳立てが、1から6章で繰り広げられているといっても過言ではないくらいです。
ユダヤ人が中東からヨーロッパに移動すると、都市部に住み始め、主な職業は金貸し業でしたが、他にも不動産管理や税の取り立てなどで、これらには高度な読み書き能力と計算能力が必要になります。すなわち、ユダヤ人が成功してたくさんの子供を育てられるようになるにはそうしたホワイトカラーの職業に就く能力が高いことが必然となり、かつユダヤ人の間には他の異なる民族との結婚が禁じられたため、ホワイトカラー能力が高いユダヤ人が子孫を残しやすくなるという自然淘汰のプロセスができたわけです。
しかしながら、1800年代に入るまではこうして培われたユダヤ人の能力が威力を発揮することはありませんでした。19世紀に入って欧州諸国で市民革命が起き、ヨーロッパに住んでいたユダヤ人が自らの居住地区を離れられるようになると、彼らの才能の開花が著しく見られるようになったというわけです。
一方、イスラム世界に住んでいたユダヤ人については、ホワイトカラー能力を高めるような選択圧は働かず、たとえ異教徒や異民族との結婚が禁じられていても、アシュケナージ系ユダヤ人のような IQ の高まる遺伝が起きなかったようです。
こうした例に見られるように、現世人類には実は過去1万年ほどの間に急速に進化を進めてきた証拠があり、かつて考えられていたような人類の進化が停まったとする見方は実は間違っていて、実際には進化の速度が加速しているということを読者に認識してもらうのが本書の目的だとしています。そのために「遺伝歴史学」と呼ぶ新しい学問領域を提唱し、昨今急速に発展してきた分子生物学をベースに、歴史的な出来事が遺伝子の流動性にいかに影響してきたかに注目する学問を読者に広げています。つまり、ダーウィンの進化論を、人類の遺伝子レベルに当てはめ、戦争や飢饉や病気や遠征などの歴史的な事実や事象を選択圧としてとらえ、この影響を体と脳の変化に見いだそうとする試みです。



