Windows パソコンで、DOS 画面からルーティングテーブルの設定を行うには、次のサイトが詳しい。
ルーティング・テーブルを操作する
http://www.atmarkit.co.jp/fwin2k/win2ktips/266routing/routing.html
たとえば、次のコマンドで、すべてのパケットの行先を、192.168.11.1 をデフォルト・ゲートウェイとして設定できる。
route add 0.0.0.0 mask 0.0.0.0 192.168.11.1
Windows パソコンで、DOS 画面からルーティングテーブルの設定を行うには、次のサイトが詳しい。
ルーティング・テーブルを操作する
http://www.atmarkit.co.jp/fwin2k/win2ktips/266routing/routing.html
たとえば、次のコマンドで、すべてのパケットの行先を、192.168.11.1 をデフォルト・ゲートウェイとして設定できる。
route add 0.0.0.0 mask 0.0.0.0 192.168.11.1
甲州ワインを世界へ広めようとする動きがニューヨーク・タイムズで報じられています。
Japanese Wineries Betting on a Reviled Grape
http://www.nytimes.com/2010/10/27/dining/27koshu.html?_r=1&scp=1&sq=Koshu&st=cse
Ernest Singer と言う人が甲州ワインに惚れ込み、一生懸命甲州ワインのよさを世に広めていると言うことです。
これ、タイミングからすると、非常にいい時かもしれません。というのも、ここのところ世界中で寿司を中心とした日本食ブームが見られるからです。
街に出ると、ボージョレーヌーボー解禁が間近という宣伝があちこちで見聞きできますが、そのうち世界各地で甲州ワインが見直され、その影響で日本でも甲州ワインがボージョレーヌーボー以上の人気を得る日は来るのでしょうか。
地震がくるといいながら高層ビルを建てる日本 (講談社プラスアルファ新書)を読みました。よくある外国人と結婚して外国に住んだ女性が現地の視点から日本を見た感想文ではあるのですが、普通のおばさんの目で見たヨーロッパと日本の生活習慣の違いを思うがままに書いておられ、 自分でもこれはおかしいと思うところが見事に指摘されていました。
たとえば、掘りや川の周りに建てられたフェンス、「ドロボーに注意」などと書かれた看板の多さ、エスカレーターでは黄色い線に収まらなくてはいけないと言うアナウンスのうるささ、さらには小さな女性がポーターをやって荷物を運ぶのを手伝おうとしている点などは、日本特有なもので、本当にその通りだと思います。自分でもエスカレーター付近のアナウンスのうるささにはうんざりしていて、あのアナウンスは韓国では日本人が多い金浦空港くらいでしか聞いたことがなく、ひょっとすると日本国外でうるさく思ったのは、金浦空港くらいかもしれません。
著者のデュラン礼子氏は、以前に一度も植民地になったことがない日本 (講談社+α新書)を書いており、こちらも今回読んだ本と同様にかなり人目を引くタイトルを付けられています。今回、古本屋で「地震がくるといいながら高層ビルを建てる日本」と言うタイトルを見つけたときは、ひょっとして例の人が書いたのかと思いましたが、案の定そうでした。著者と編集の人の思惑でしょうか。
今だったら、こういう内容の文章はブログを探せばたくさん出ていますが、それらはタダで読めます。一方、このように同様な日常の感想文をまとめたものを、うまいタイトルを付けて出版すれば、ある程度のもうけが出るというのは、意外といい商売だなと思いました。
俺は、中小企業のおやじを読みました。浜松の町工場から、世界に名だたる自動車メーカーの一つに数え上げられるまでに会社を成長させ、インドの四輪市場では4割以上のシェアを抑えるまでの会社をゼロから作り上げ、「今日のインドをつくった人、育てた人」として選ばれた外国人の中で、マザー・テレサやソニア・ガンジーさんとともに並び称されるまでの人物であり、本当にすごい人なのですが、その著者のおごらない謙遜した姿勢と常に前向きな見方が、非常にエネルギッシュに書かれており、大変好感の持てる本でした。
著者が社長として自ら関わった GM との提携話や、ハンガリーへの進出における苦労話、インドでの工場立ち上げの話は、現在内にこもがちになってしまった今の日本からすると、非常に勇ましく感じられます。また、47万円のアルト開発の件や、ジムニー、ワゴンRの発売までのいきさつなども興味深いです。さらにはそれらの車や工場にまつわる、ものづくりに対する鈴木社長の信念と哲学が語られていて、これもまた非常に勉強になります。
本書で紹介されている鈴木氏のいろいろな言葉も参考になります。自分がとりわけ好きなのは、
「重力と光はタダだ」
というものです。ベルトコンベヤーを使わずに、重力でユニットが滑り落ちていく、蛍光灯を設置せずに、太陽光を取り入れるといった工夫により、コストを削減しようという考えですが、非常に理にかなったもので、現在のエコの考え方にも通じると思います。
羽田空港で先週オープンしたばかりの新国際旅客ターミナルですが、早くも再拡張の計画が出ているようです。
羽田 「新国際線旅客ターミナル」再拡張へ
http://otona.yomiuri.co.jp/trip/news/101026tb01.htm?from=os1
先週のオープンの際に訪れて、一瞬広々として気持ちがいいと感じましたが、でもよく考えたら、旧国際ターミナルの狭い空間でまかなっていた便が新ターミナルにやってきたために広く感じられるのであり、実際には現在のターミナルが10のゲートしかないことから、今後便数が増えれば手狭になるのは明らかだと、感じたばかりでした。
記事を読むと、政権交替により、国際線発着枠を6万回から9万回までに増やすという方針になったためのようですが、これは非常にいいことだと思います。ただ、最初から9万回という発着枠にしておけば、工事も一度に済んだのにと考えると、これも税金の無駄遣いのような気がしてきて、やりきれない気分にもなります。
「ギーク」すなわち IT オタクと、「スーツ」すなわち企業幹部などの経営戦略立案に携わる人との間の議論はいろいろとなされていますが、この両者を兼ね備えたような人材の育成について論じた文章が公開されています。
「ギーク・スーツ」の育成メカニズム
http://www.nri.co.jp/opinion/chitekishisan/2009/pdf/cs20090407.pdf
この文章自体は、主に教育機関と企業での人材育成制度やシステムについて述べていますが、なるほど、ギークとスーツについてこういった論じ方もあるのかと思いました。ただ、なんとなく生真面目で面白くない文章だと思いました。そもそもスーツを着た人々が「ギーク・スーツ」とかしこまって論じているからこうなるのかもしれません。
シリコンバレーに住んでいて思ったのは、エンジニアが非常に厚遇されているということです。自分の腕に自信のある人が集まり、彼らが面白いこと、関心のあることをとことん追求していくそのエネルギーは凄まじいもので、個々人のベクトルがスーツを着た人のうまい舵取りによって、その組織全体と強いてのコアコンピテンシーを確立していき、利益に結びつけていくと言うプロセスが、エンジニア、経営者、投資家、および彼らを取り巻く地域の人々によって見事に構成されています。エンジニアの意見がきちんと尊重され、それなりの待遇と報酬が与えられ、社会的地位と尊重も高いと感じました。
そのプロセスの中で、できるエンジニアはビジネスセンスを磨いていくし、優秀な経営者はオタクな知識も身につけていくということで、ギークとスーツの間の壁が非常に薄いと思います。つまり、お互いがプロフェッショナルの見地から、自らの足りない部分を求めあうという体勢が出来上がっています。自らの足りない部分はこのようにして人に頼ってもいいし、場合によっては学校で勉強し直しにいくと言うこともできます。
一方、日本の場合には、エンジニアの待遇が余りにも低いのには驚かされます。本文でもあるように、「きつい、きびしい、かえれない」という 3K 労働条件が有名になってしまっていますが、一方でこうしたエンジニアの舵取りを経営陣がうまくできていないということもあります。すなわち、なんでこんなところにリソースを注いで、誰も使わないような機能を必死になって実装するのだろうかと思うようなプロジェクトが実行されてしまったり、市場調査とマーケティングの機能をおざなりにするために、せっかくの技術が日の目を見ることなく世間から忘れ去られる運命に葬り去られてしまうということが多々あります。
日本に帰ってきて仕事をして一年以上経って、感じるのは、スーツを着た人々が実は大して仕事をしていないのではと言うことです。会議のための会議を開催したり、挨拶だけのためにわざわざ人にあったり、形式を整えるために書類を書き直したりと、なくてもいい仕事をやっている人が非常に多いのにはあきれる思いです。よりによって、こうした人々が、ギークを扱う立場にあったりして、その結果目もあてられないようなエンジニアの冷遇が出てきてしまうのかと感じるようになりました。
本論文で述べられている制度的な充実の必要性も重要だと思いますが、一方で、スーツな人々とギークな人々の間の現在のギャップに対する世間一般の認識、および両者の自らの仕事に対するプロフェッショナルとしての意識、さらにはスーツとギークの間の力関係の是正がなされないことには、「ギーク・スーツ」なる人々は生まれにくいのではと思います。


朝食は外で食べようと思って、しばらくホテルの周りをうろうろしてみましたが、どうも良さそうなのが見つかりませんでした。韓国の伝統的な料理は、辛くて朝から食べると胃がもたれそうだし、スターバックスのようなカフェでは物足りないし、屋台で食べると、今年始めに食べて胃がおかしくなった経験もあるしということで、あまり積極的に選ぼうと思ったわけではないですが、結果的にホテルの高いビュッフェで朝食をとることにしました。



チェックアウト後、バスに乗って金浦空港まで行こうと考えました。フロントで案内された、新世界デパート前のバス停に行ってみると、20分ごとにバスが出るように時刻表が示していて、次にくるのは10時20分の予定でした。しかし10時35分になってもこないことで、この調子では仮に今来たとしても道路の渋滞のせいで、何かと時間がかかってしまうだろうと判断し、予定を変更して永登浦市場駅まで歩いた後、地下鉄で空港まで行くことにしました。
金浦空港駅についてから、改札を出て、飛行機の案内表示があった矢印をたどって歩いてみました。ところがいつもの光景と何となく様子が違います。ターミナルについてからも、どことなく違和感があり、出発階に行っても、おなじみの JAL や ANA のカウンターがありません。まあ、コードシェア便だから、アシアナ航空からでもチェックインできるだろうと思ってカウンターに行ってみると、ここは国内線ターミナルだから、国際線ターミナルに行きなさいと言われました。そこから空港シャトルバスを乗り継いで、国際線ターミナルについたときは11時半でした。このときばかりはやはりハングルをきちんと勉強すべきだとしみじみと感じました。
チェックインした後、家族に頼まれた土産を買い、ラウンジで軽く腹ごしらえをした後、飛行機に乗り込み、羽田の国際線ターミナルへとかえりました。

入国検査を終え、荷物は預けていないので、早々と税関を通り抜け、出口に出ると、大勢の人だかりができていました。もうとっくにターミナル開所式は終わっているはずなのにと思ってよくみると、若い人たちが多く、どうやら誰か有名な人がこれから降りてくるような雰囲気でした。

どうせ知らない人だろうと思って、そのまま新しくできたばかりのバス乗り場に行き、バスに乗って無事にかえってきました。バスはまず国際線ターミナルで客を乗せ、その次に国内線第1ターミナル、第2ターミナルと続き、この間約15分かかっていました。その後は1時間ほどで、地元の駅にたどり着きました。ですので、今度地元の駅から羽田空港の国際線ターミナルに行くには、約80分かかると見ておくのが良さそうです。行きは、歩いていけるもう一つの駅から、横浜駅で電車を乗り換えていくと、ちょうど1時間くらいで国際線ターミナルに行けました。荷物が軽い場合には、電車を使うのが早そうです。


ホテルでの朝食今回のホテルは、朝食とインターネット接続料金がホテル代とは別途かかってしまうということで、朝食は他のところで食べようかと思いましたが、やはり一度くらいはホテルのものを食べた方がよかろうと思い、ホテル付属のレストラン、Momo で食べてみることにしました。ヨーロッパのホテルで出てきそうなフルメニューのビュッフェでしたが、値段もヨーロッパのホテル並みで、税金も含めて 30,250 ウォンと、日本円に換算すると 2,190 円と、結構高い朝食でした。

職場に行くときに地下鉄の駅に行く道すがらちょっと寄り道をして横町の路地を入ってみたりしましたが、さすがにこの辺りの地区は、同じ市場と言っても東大門や南大門、明洞などと違って、観光地化されておらず、まさに地元に根ざした土地という気がしました。


昼ご飯に行くときに前回きたときには工事中だった公園を通って、漢江沿いの道を歩きました。歩道と自転車の道とが分かれており、道沿いにトレーニング施設があったり、遊具施設があったりして、かなりきちんと整備されていました。また、川沿いの道と普通の道路を結ぶトンネル内は自転車は降りて押して歩くように示されていましたが、ちゃんと皆さん自転車を降りて押して歩いていて、感心しました。
夕食は、ベイエリアのアパートに住んでいたときにお世話になった大家さんの息子さん S 氏がソウルにいるという事で、仕事を終えたあと、彼とともにとる事にしました。
S 氏に何を食べたいかと聞かれて、特に思いつくものがなかったのですが、彼がシーフードはどうかと聞いてきて、なるほど、それは良いと思って、それが良さそうだと答えると、待ち合わせ場所は、鷺梁津 (ノリャンジン) 駅の魚市場に行く陸橋の上の、魚市場側ということになりました。一応自分が背が高いのですぐにわかるだろうと告げておいて、S 氏との初めての面会の約束を取り付けました。
予定の時間よりも少し遅れて現れた彼は、お母さんによく似ていて、すぐにわかりました。この鷺梁津水産市場には、ソウルで働き始めてからよく来ているといい、彼のお父さんとも既に来ている、彼の友達のご両親が、市場内の店で買った魚貝類を調理して食べさせてくれる店をやっているというようなことを話してくれました。




市場の建物に2階から入ると、1階にずらーっと売り場が並んでいました。大きく二つの通りが横切っています。階下に降りて歩いてみると、こちら側の人通りの多い通りに比べると、向こう側の人通りの少ない方は、いく分か値段が安いようでした。しかし、水槽内で魚を泳がせておいて、客が欲しいとなったらすぐに取り出して準備してくれるのは、こちら側の方で、やはり人が多いのはそれなりに理由があるようです


いろいろと物色した後、タコとハマチとエビとカニを仕入れて、早速 S 氏の友達のご両親の店で、食事しました。ハマチは刺身で、タコとエビは生で、カニはゆでてもらって食べましたが、どれも大変おいしく満足のいく食事ができました。

食べながらいろいろなことを話しました。某グローバル企業の戦略部門に勤める S 氏は、新製品をどの市場にどのタイミングでリリースするかなどを戦略コンサルティングファームとともに探っていくと言います。元々ペンシルバニアの某有名な大学で MBA をとっているだけに、話しっぷりもなんとなく、自分の周囲の MBA 取得者に共通する知的でかつ好奇心豊かな雰囲気がぷんぷんただよってきました。S 氏によると、韓国の市場は日本などに比べると小さいので、どうしても売り上げを上げようと思ったら世界進出を考えざるを得なくなる、そのために自分の地位の安定化を図りたい経営上位陣は、自分たちの下に彼のような有名な大学で MBA をとったような優秀な人々に戦略立案を任せ、彼らのアドバイスをあおぐ、しかしその人たちが必ずしも常に熱心に働いているかと言うと意外にそうでもないこともあり、この前などは、上司に報告に行ったら、その上司が勤務中にビデオを見ていた、などということを話してくれました。また、彼も自分と同様にスキューバダイビングをするそうで、やはり自分と同様に、おつきあいしている彼女も彼の影響を受けてスキューバダイビングを始めたということでした。
S 氏は、日本人の彼女に会いに今度12月に日本をくるということなので、また会おうということで再会を約束して別れました。


その後永登浦駅に戻り、駅からちょっと遠回りしてホテルの裏側の通りを通ってみました。


ここはいわゆるレッドライトゾーンになっていて、ピンク色の怪しげな光のもとに、水着のような下着のようなものを着たお姉さんたちがこちらを妖しそうに見つめています。どうもなんとなく誰を見ても何となく不自然な感じがしたのは気のせいでしょうか。もちろん笑みは営業スマイルだからということもあるのでしょうが、あの笑みの裏にはいろいろな苦節や苦難があるのかもしれないと思うと、かわいそうな気にさえなってきます。

ホテルの裏側の出入り口にこのような場があるというのはそれはそれで興味深く、なんでこんなことになっているのだろうと思って部屋に帰ってネットで調べてみたら、この一連の商業区画は、元々は工場だったということでした。そういえば、小さな町工場みたいな作業所のようなものもちらほら周りにありました。

ホテルでの11階の自室は、南向きに窓があり先ほどの通りが見えても良さそうなのですが、うまいことホテルとデパートとショッピングモールを結ぶ中層階がこの通りを隠すようになっています。駅前のロッテデパートや、高いビルなどしか見えなくなっており、この辺りも計算して建築されたのかと思うと、建築家も大変だなあと思いながら、寝ることにしました。

韓国に出張するため、羽田空港の新しい国際ターミナルを利用しました。

今日オープンということで、ひょっとすると報道陣や野次馬で混むかと思って、余裕を持って早目に家を出たら、見事にオープニングセレモニーとぶつかり、入口付近が大変混んでました。混んでいるところは嫌だと思って、早めにチェックインしてどこかに避難しようかと思ったら、チェックインは6時50分に始まると言われ、しかたなくぶらぶらしながらカウンターが開くのを待っていました。

カウンターが開いてからチェックインをするために先ほどの ANA のカウンター入口に戻ると、あれほど人がいたのにもかかわらず実際の客は少なかったようで、すぐにチェックインカウンターに招かれ、少々拍子抜けしました。スムーズにチェックインプロセスが進み、最後にユナイテッド航空のレッドカーペットクラブのカードを見せながら、「ラウンジに入るのにこれ使えますか」と尋ねたところ、最初はだめだと断られました。そんなはずはない、世界中のスターアライアンス加盟航空会社のラウンジが使えるはずだと主張して再度確認してもらったところ、使用は問題ないということを確かめてもらえました。


セキュリティーチェックを抜ければすぐにラウンジがあるようでしたが、時間に余裕があるので、4階の江戸の町を模したという江戸小町を見たり4階から3階のチェックインカウンターの様子を写真に収めたりしてみました。



江戸小町は昔の江戸の街並みを再現したということで、こういった近代的な建物にありがちな無機質なコンクリートとは異なり、木のぬくもりがするような温かさが感じられるような気がしました。ところが実際に建物に近づいてよく見ると、瓦の部分は実際の瓦ではなく、それらしく見えるように作った軽い感じの素材をただ並べたような感じで、ちょっと作りものっぽいような気がしました。


チェックインカウンターのある出発フロアー全体は、以前の国際線ターミナルと比べると広々として開放感があります。ただ、これを持って、アジア各地の巨大なハブ空港と競り合おうとするには小さいような気がしました。実際に報道陣が散り散りになってからはだいぶ空間的に余裕が生まれた気がしましたが、よくよく考えてみれば、今のところはもともとあの小さな国際線ターミナルで処理していた人々がこちらに移ってきただけで、特にあれから国際便の本数が増えているわけではないので、混雑感はないわけですが、もし24時間体制でひっきりなしに国際線が飛び交うようになったら、おそらくすぐに手狭になってしまうのではと危惧されました。


セキュリティーを抜けると左側が JAL、右側が ANA のフライトのためのゲートが並んでいます。最初から ANA のラウンジに入る前に、寄り道をして JAL のほうによってみると、いかにも秋葉原系のオタクなものを狙ってきた観光客をターゲットにしたような店がありました。また、とあるゲートに人だかりができているので、寄ってみるとどうやら第一号フライトがここから飛び立つということらしく、偉そうな人や報道陣が押し寄せていました。何気なく写真を撮ったら、どうも稲盛会長らしき人も写っていました。稲盛会長に実際にお会いするのは、シリコンバレーでの講演会でお会いして以来でした。

記念のためか、最初に羽田とハワイを結んだ DC-10 の模型も飾ってありました。

一方、ANA の方は静かにあたかも今日がとりわけ特別な日でもないというようなごとく、淡々とした雰囲気が流れていました。ラウンジに入ると、質素ですが、高級感の漂う内装にしばし心を奪われました。うどんやサンドウィッチをごちそうになった後、ゲートに向かいました。
機内に乗り込んでしばらくすると、機長アナウンスがありましたが、どうやら今回乗ったフライトが、国際線ターミナルから飛び立った初のフライトだということでした。先ほどの JAL の搭乗口でワイワイガヤガヤやっていた便が最初なのではと思いましたが、あまり気にせずいちおうそういうことにしておくかとおもいました。


ソウルに着いた後は、永登浦の Times Square までタクシーで移動し、ホテルにチェックインしました。その後仕事をし、夕ご飯は “On the Border” という名前のメキシコ料理屋でとりました。このネーミングですが、数多くのメキシコ人が国境を渡ってアメリカに入国している状況を考えると、どういう経緯で考え付いたのか、とても興味深いと思いました。

リコーのデジタルカメラ、CX4 を買いました。最後にオリンパスの CAMEDIA C-4040 を買ってから約8年経って、ようやく新機種を買いました。

9月に出されたときは、4万円以上していたのですが、現在では3万円以下で買えることがわかり、カメラのキタムラネットショップで、29,800 円で買いました。

このネットショップの特徴は、商品をネットで買った後、最寄りの店で品物を受け取ることができる点です。これによって、ネットでの安売りを抑え、配送の待ち時間をスキップして品物を受け取ることができます。しかも、T ポイントカードが使える上、クレジットカードで支払ってもポイント還元率に変化はないので、T ポイントカードのポイントと、クレジットカードのポイントが加算できて大変お得です。

日曜日に買った後、しばらく使ってみましたが、さすがに起動時間および撮影時間の早さには感動的です。撮った写真のできばえについては、また後日詳しく述べたいと思います。