起床後朝食をとったのですが、7時40分ごろに食堂に行ったら、もう満席でした。出直すことにして8時過ぎに行ったら今度はがらがらでした。さっそく自分たちの気に入ったものをじっくり選んで、落ち着いてゆったりと朝食をとることができました。今回特筆すべきは黒糖の蒸しパンでした。適度な甘さともっちり館がほどよく、いくらでも食べられる気がしました。
食後に今日の計画を立てました。妻の希望としては台北にいる間に着飾って写真をきれいに撮ってくれるサービスを受けたいと言うことでした。また、ちょっと胃が疲れたので、台北にあるマクロビオティックなレストランも試してみたいということになりました。さらには、昨日の痛かったマッサージをやり直すと言うわけでもないですが、タイ式マッサージも試してみたいとなりました。いろいろと考えた挙句、まずは昼ごはんにマクロビオティックなレストランに行き、その後写真撮影をし、さらにマッサージを受けることにしました。

ネットで調べると、回留という店があるのをとある人のブログで紹介されていたので、行ってみることにしました。また、写真撮影は、これもネットで調べると1981台北という写真館があるようなので、ここにスカイプで電話して連絡して、午後3時に予約を取りました。

まずは回留に向かいました。時間に余裕があるので、電車で行くことにし、途中で大安森林公園を横切り、ちょっとした市場みたいなものを見ていきました。南国ならではのフルーツやナッツ類、乾燥した果物などが色と色とりどりに並べられていました。

また、公園を出たところにあるスーパーマーケットにも立ち寄りましたが、日本のものが多数売られているのにはびっくりしました。



目的の回留は、公園の脇の割と緑が多い空間にひっそりとありました。隣の隣が「極速セン髪」という床屋、隣が平成屋という日本料理屋で、これらの方がよく目立ちます。



回留の店内はモダンで心地よい空間をつくっています。それにあわせるかのように、出された料理の盛り付けが非常にエレガントで粋な食器とあいまって、見た目が心地よかったです。しかし、味の方は、思ったよりもすっぱさや辛さが目立ち、普段マクロビオティックのシンプルな味付けになれた舌にはちょっと刺激が強すぎました。

食事を終えた後、1981の場所を確認してみるとどうも歩いていけそうなので、雨が降る中を傘を差しながら街中を歩いていきました。今の時期の日本で雨が降ると寒くて悲しい思いがしてきますが、南国の暖かい雨なのでそれほどいやな感じはせずに歩けました。

1981には予約していた時間よりも1時間早く、2時に着きましたが、店員の人は流暢な日本語で迎えてくれました。ここで妻は化粧やコスチュームを選びながら、これから4時間撮影にのぞみます。その間、暇になるので一人で別のことをすることにしました。

地下鉄の忠孝新生駅まで歩き、板南線に乗ってから、このままホテルに帰るにはもったいないと思い、昨日台北101から見えて気になっていた国父記念館に行くことにしました。ちょうど板南線上に国父記念館駅というのがあるので、この駅を降りるとすぐに昨日見えた記念館にたどり着けました。



台湾では孫文が国父として敬われていますが、ちょうど昨日の3月12日が、孫文が亡くなってから85年目の命日と言うことで、特別展のようなものが開かれていました。また、記念館自体は市民の文化的な活動の拠点のようになっていて、若者がダンスの練習を軒下でやっているかと思えば、反対側では法輪功の中高年の人たちが舞のようなものを舞っていて、館内では画家の個展や写真展などが開かれ、さらには地下一階には図書館のようなものもあり、学生たちが熱心に勉強している姿も見えました。3階のとあるギャラリーでは、誰かの個展の記念パーティーのような感じのものが催されており、ケーキとお茶がふるまわれており、自分もどさくさにまぎれて何個かケーキを頂戴しました。


ちょうど3時になり、衛兵の交代の儀式も見られました。どの衛兵も180cm以上ある大きな人ばかりで、この点は、先日ソウルで見た景福宮の衛兵でも同じでした。二人の衛兵は、孫文の銅像の前ではぴたりと動かず、あたかも銅像のようにも見えましたが、交代の衛兵がやってくると、急に動き出して、決められた動作を行った後、去っていきました。しばらくみていると、黒いスーツを着て、同じように180cm以上ある人が彼らのそばに寄って、ときどき軍服のずれを直したり、汗をぬぐったり、軍服自体を上下に動かしたりしていました。きっとこれによって、微動だにしない衛兵たちもちょっとは気が休むのでしょう。


その後雨の中を歩いてホテルに戻り、ジムに行こうかと考えました。フロントでチェックインした際に、ジムの利用券をもらったので、これを活用しないてはないと思ったのですが、場所を見るとホテルのそばではなく、かなり遠くにあるのでやめることにしました。そのまましばらく部屋の中でくつろいだ後、5時も過ぎたので再び1981に戻り、妻を迎えに行くことにしました。
1981に戻り、待合室で待っていると突然知らない人から声をかけられました。濃い化粧をして、19世紀のマダム蝶々みたいな感じの人が親しげにこっちを向いているので、いったいこの人は誰なんだろうと思っていたら、そのそばにいた別の人が “Your wife” といってくれて、ようやくそれが自分の妻であることに気づきました。それくらい、別人に様変わりさせてくれるところで、非常にびっくりしました。自分たちのカメラでも写真を取らせてくれるというので、適当にポーズを取って写真をとり、会計を済ませてその場を去りました。


今度はタイ式マッサージです。電車で中山駅に向かうことにしました。ここで予断ですが、ウィキペディアで調べると孫文の字は「中山」なのですが、この名は彼が日比谷公園近くに住んでいたころ、近所に中山さんと言う家があって、その表札がえらく気に入ってから自分も中山と名乗るようになったらしいです。それが由来で、世界各地の中華街に中山と言う名の公園ができたり、このような駅が台北市にできたりすると言うのは、当の中山さんも驚きのことでしょう。




さて、マッサージをする前におなかがすいたのでタイ式マッサージやの向かい側の適当なお店で夕ご飯を食べることにしました。ここのお店が思いのほか大当たりで、小龍包や、海老シュウマイ、海老チャーハンにハマグリスープ、それに中国野菜の炒め物を注文し、どれも味が濃すぎず、程よい味付けでとてもおいしくいただけました。また、テーブルの上に「当店自慢の」とでもいうように杏仁豆腐が宣伝されていたのでこれを食べてみるとやはり絶品で、とくに豆腐の舌触りがおいしい豆腐のそれで、これは本当に手作りで丹念に作っているなと思わせるものでした。



おいしい夕食の後、真向かいの Yawara というタイマッサージの店に向かいました。10年以上前、タイに行ったときに毎日のようにマッサージをうけ、とても気持ちよかったのを思い出し、期待していたのですが、当時味わったような感激はなくなってしまい、昨日受けたマッサージに通じる力強い押しが全体的に多く、筋肉を痛めつけるような気がして、全体としてあまり快適とはいえませんでした。ただ、タイマッサージの特徴である肉をねじったり伸ばしたりしてほぐすようなマッサージは心地よかったです。
マッサージ後は雨も降っていたので、タクシーを拾ってまっすぐホテルに帰りました。










































