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Archive for 3月, 2010

PDF Split and Merge 3月 31


HP の 複合機である Officejet 6310 を便利に使っているのですが、裏表両面ある紙を複数枚スキャンして、それを一つのファイルにまとめるのに何かいい方法はないかと思案していました。

というのも、自動原稿送り装置 (ADF というらしいです) に複数枚の原稿をおくと、どんどんスキャンして、最終的には一つの PDF ファイルをつくってくれるのですが、裏表両面スキャンするという業まではさすがにできません。そこで、いったん表だけを全て読み取ったあと、それらの束をひっくり返して今度は裏面だけを読み取るという作業が発生します。そうすると、表だけの PDF ファイルと、裏だけの PDF ファイルと言う二つのファイルが生成されます。

これらを統合して一つにまとめるのはなかなか至難の業だな、いったん分割してそのあと統合するかなどと考えながら、ウェブで調べてみると、そのものズバリのツールがありました。

PDF Split and Merge
http://www.pdfsam.org/

これをダウンロードして実行すると、分割統合はもちろん、上記のように表だけと裏だけをまとめた二つのファイルを交互に統合すると言う、まさに欲しい機能もそろっていました。

Sourceforge からは、こちらで取得できます。
http://sourceforge.net/projects/pdfsam/

久しぶりの運転 3月 28

使わなくなった電気製品や DVD や、CD をまとめて売るために、レンタカーを借りてみました。初めての道を、初めてヴィッツで運転してみましたが、とにかく衝撃の連続でした。

道が走りづらいことこの上ないのです。狭い道に自転車と歩行者が一緒になって、通るだけで申し訳ない気分になったり、駐車場なんだか曲がり角なんだかよくわからない構造になっていたり、勘に頼って「多分あそこに行くにはここを通るとうまくぬけられるだろう」と思うと袋小路に入ったり、ちょっと走るとすぐに信号に引っかかってしまったり、渋滞して歩いている人の方が速かったりと、不快な気分になるばかりでした。

そういえば日本で免許を取ろうとして教習所に行ってたときもこんな気分になったのを思い出しました。なんでこんなに曲がり角が見えづらいのだろうとか、どうして対向車とすれちがうのにこんなにハラハラしなくてはいけないのだろうと、疑問ばかり浮かんできて、ちっとも車を運転したい気分にならず、一番最初に講習を受けてから半年丸々かかってようやく免許を取ったものです。

あのあと、日本、アメリカ、ヨーロッパと各地を運転してきており、さらには歩行者としてはそれ以外の国々もまわってきていますが、どうも日本がこういった交通事情のインフラという点においては最悪のような気がします。初めて運転したあの頃に疑問を持ったことは、案外的を得ていたと思います。

何でもっとみんな声を大にして使いづらさを訴えないのだろうか、この効率の悪さは日本としての全体の生産性の低下につながっていないのだろうか、本当に民主政治が行われていれば、税金をもっとこういった使い勝手の悪さを改善する方向に使うようにできるのではないだろうか、などと思いながら運転していると、自分は日本の車社会にはなじめない人間なのだろうなと感じました。

まあなんとか無事に事故も起こさずに車を返すことができてよかったです。

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税金の使い方 3月 27

税金はこういう問題を解決する事に使ってもらいたいと思うのです。意味のない道路工事を年度末に慌ててやるお金は、むしろこうしたところに使っていただきたいです.

漂着ごみ、市民自主回収したのに行政引き取らず
http://www.asahi.com/national/update/0324/SEB201003240001.html

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ニューヨーク・タイムズ記者のインタビュー 3月 25

東京圏内に住む外国人向けに配布されているメトロポリスという無料の雑誌に、ニューヨーク・タイムズ記者であるタブチヒロコ氏へのインタビュー記事が、今週末の号に掲載されるそうで、ウェブでも見られます。

Hiroko Tabuchi
Journalist
http://metropolis.co.jp/features/upfront/q-a/hiroko-tabuchi/

ニューヨーク・タイムズはロイターや共同通信などからのものでない、自社の抱える記者が書いた記事については、全ての記者の名前が書かれており、その分記事の一本一本に緊張感がみなぎっている気がします。彼女もそんな中で書いているからか、芯の通った強い性格がインタビューからもうかがえます。

ネットでちょっと検索すると、彼女に対して批判的な意見も結構出てきますが、そんな意見にもへこたれずに日本のことを世界中に、記事と Twitter で公開している姿勢は、ガラパゴス化して鎖国化しつつあるこの国で、貴重な存在だと思います。

マイレージ、マイライフ (Up in the Air) 3月 24

連休中に「マイレージ、マイライフ」という邦題の映画を見ました。どうして元々の題の “Up in the Air” という絶妙なタイトルがこのような邦題になってしまうのかと思いながら見ましたが、どうも複雑な思いがしました。

というのも、マイレージをためていく主人公の姿や突然解雇を言い渡される人々が、どうもあまりにもリアルに思えて、映画の中の世界とは思えなくなりました。

ストーリー展開自体はよかったのですが、出張が減り、マイレージがためられず優先ステータスを失った自分、仕事を失った自分、という二点において、過去の自分と重なった部分があり、とても複雑な思いがしました。

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ちっとも欲しくなくなるものづくり、国づくり 3月 17

尊敬するソフトウェアエンジニア・ビジネスマンである中島聡さんが「もし日本のメーカーが iPhone を発売していたら..」というブログのエントリーを書かれています。

もし日本のメーカーが iPhone を発売していたら..
http://satoshi.blogs.com/life/2010/03/i3001.html

スペック重視の製品開発の結果として、宣伝文句もスペックに偏った言葉がちりばめられています。iPhone のすばらしさを既に経験している人が見たら、誰でも「こんな宣伝だったら iPhone は買わなかっただろう」と思ってしまうことでしょう。そのくらい、中島さんはもののみごとに現在の日本における問題点を端的にとらえられています。

これは、ものづくりにかぎらず、政治にも同じことがいえるのではないかと思います。結局のところ、本質的にどういう国にしたいのか、どういう生活をしたいのか、どういう人生経験をしたいのかという議論がなされずに、政治家もマスコミも枝葉末節の議論に陥りがちになってしまっているとおもいます。もっと端的に言えば、夢がなくなってしまっているということが、ものづくりにも政治にもいえるのではないかと思います。

Category: Computer  | 3 Comments
成層圏からのジャンプ 3月 17

成層圏からのジャンプが成功するか、期待させられます。ただ、失敗は命とりになりますので、準備には万端を期して欲しいものです。高度4万メートルから落下し、途中で音速を超える落下速度になるということです。

FINDINGS: A Supersonic Jump, From 23 Miles in the Air

From a helium balloon, Felix Baumgartner, no stranger to high jumps,
intends to break the speed of sound in free fall.
http://s.nyt.com/u/2S3

45 useful JavaScript and jQuery techniques and tools – Holy Kaw! 3月 15

JavaScript 使いに「つかえる」かもしれない記事です。

http://holykaw.alltop.com/45-useful-javascript-and-jquery-techniques-an

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台湾からの帰国 3月 14


今日はチェックアウトをしなくてはならないので、朝食は早めに取っておこうと思い、7時20分ごろに食堂に行ったら、もう数名が食事をしていました。どうやら7時30分に朝食開始というのは目安でしかないようで、さっそく自分たちも食べることにしました。場合によっては外のレストランか何かおかゆでもと考えていましたが、ホテル代に朝食が含まれるし、メニューの選択肢も多いし、なんといっても部屋のドアを出てから5秒以内に食堂にたどり着ける便利さにかわるものはありません。

8時すぎにチェックアウトをし、空港まで行くバスが止まるはずのバス停まで荷物を引きずりながら5分ほど歩きました。しかし10分ほど待てども一行にバスが来ません。そうこうするうちに、向こう側の反対方向の車線だと思っていたレーンに空港行きのバスが通り過ぎていきました。次にいつバスが来るかもわからないので、結局タクシーを使うことにして、南京東路と郭正路との交差点で、タクシーを拾い、桃園空港に向かいました。桃園空港までは約30分で着き、かかった料金も950元でした。


桃園空港は、ベイエリアに住んでいたころによく使っていたサンフランシスコ国際空港になんとなく似ている気がしました。中に入るとユナイテッドのカウンター前に長い列ができていましたが、Easy Checkin の列は短かったので、これに並んで、自動券売機のようなもので搭乗手続きをして、レッドカーペットの威力を発揮してラウンジを利用しました。ここでは、シンガポール航空がラウンジを設けており、さすがに備えられている食べ物や飲み物の充実ぶりにはおどろかされました。おかゆに、えびの入った餅、春巻きのようなものなど、台湾ならではのメニューがあるほか、クッキーやポテトチップ、あられ、ガーリックトースト、多種多様な飲み物など、大変充実しています。


登場締切時間前ぎりぎりまでラウンジにいた後、搭乗口へと向かい、747 に乗り込みました。この便は UA 838 ですが、成田空港経由のサンフランシスコ行きです。成田で降りずにそのままサンフランシスコに行きたくなるのを我慢して、飛行機を降り、成田エクスプレスで自宅へと帰りました。

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台湾三日目 3月 13

起床後朝食をとったのですが、7時40分ごろに食堂に行ったら、もう満席でした。出直すことにして8時過ぎに行ったら今度はがらがらでした。さっそく自分たちの気に入ったものをじっくり選んで、落ち着いてゆったりと朝食をとることができました。今回特筆すべきは黒糖の蒸しパンでした。適度な甘さともっちり館がほどよく、いくらでも食べられる気がしました。

食後に今日の計画を立てました。妻の希望としては台北にいる間に着飾って写真をきれいに撮ってくれるサービスを受けたいと言うことでした。また、ちょっと胃が疲れたので、台北にあるマクロビオティックなレストランも試してみたいということになりました。さらには、昨日の痛かったマッサージをやり直すと言うわけでもないですが、タイ式マッサージも試してみたいとなりました。いろいろと考えた挙句、まずは昼ごはんにマクロビオティックなレストランに行き、その後写真撮影をし、さらにマッサージを受けることにしました。


ネットで調べると、回留という店があるのをとある人のブログで紹介されていたので、行ってみることにしました。また、写真撮影は、これもネットで調べると1981台北という写真館があるようなので、ここにスカイプで電話して連絡して、午後3時に予約を取りました。


まずは回留に向かいました。時間に余裕があるので、電車で行くことにし、途中で大安森林公園を横切り、ちょっとした市場みたいなものを見ていきました。南国ならではのフルーツやナッツ類、乾燥した果物などが色と色とりどりに並べられていました。


また、公園を出たところにあるスーパーマーケットにも立ち寄りましたが、日本のものが多数売られているのにはびっくりしました。


目的の回留は、公園の脇の割と緑が多い空間にひっそりとありました。隣の隣が「極速セン髪」という床屋、隣が平成屋という日本料理屋で、これらの方がよく目立ちます。


回留の店内はモダンで心地よい空間をつくっています。それにあわせるかのように、出された料理の盛り付けが非常にエレガントで粋な食器とあいまって、見た目が心地よかったです。しかし、味の方は、思ったよりもすっぱさや辛さが目立ち、普段マクロビオティックのシンプルな味付けになれた舌にはちょっと刺激が強すぎました。


食事を終えた後、1981の場所を確認してみるとどうも歩いていけそうなので、雨が降る中を傘を差しながら街中を歩いていきました。今の時期の日本で雨が降ると寒くて悲しい思いがしてきますが、南国の暖かい雨なのでそれほどいやな感じはせずに歩けました。


1981には予約していた時間よりも1時間早く、2時に着きましたが、店員の人は流暢な日本語で迎えてくれました。ここで妻は化粧やコスチュームを選びながら、これから4時間撮影にのぞみます。その間、暇になるので一人で別のことをすることにしました。


地下鉄の忠孝新生駅まで歩き、板南線に乗ってから、このままホテルに帰るにはもったいないと思い、昨日台北101から見えて気になっていた国父記念館に行くことにしました。ちょうど板南線上に国父記念館駅というのがあるので、この駅を降りるとすぐに昨日見えた記念館にたどり着けました。


台湾では孫文が国父として敬われていますが、ちょうど昨日の3月12日が、孫文が亡くなってから85年目の命日と言うことで、特別展のようなものが開かれていました。また、記念館自体は市民の文化的な活動の拠点のようになっていて、若者がダンスの練習を軒下でやっているかと思えば、反対側では法輪功の中高年の人たちが舞のようなものを舞っていて、館内では画家の個展や写真展などが開かれ、さらには地下一階には図書館のようなものもあり、学生たちが熱心に勉強している姿も見えました。3階のとあるギャラリーでは、誰かの個展の記念パーティーのような感じのものが催されており、ケーキとお茶がふるまわれており、自分もどさくさにまぎれて何個かケーキを頂戴しました。


ちょうど3時になり、衛兵の交代の儀式も見られました。どの衛兵も180cm以上ある大きな人ばかりで、この点は、先日ソウルで見た景福宮の衛兵でも同じでした。二人の衛兵は、孫文の銅像の前ではぴたりと動かず、あたかも銅像のようにも見えましたが、交代の衛兵がやってくると、急に動き出して、決められた動作を行った後、去っていきました。しばらくみていると、黒いスーツを着て、同じように180cm以上ある人が彼らのそばに寄って、ときどき軍服のずれを直したり、汗をぬぐったり、軍服自体を上下に動かしたりしていました。きっとこれによって、微動だにしない衛兵たちもちょっとは気が休むのでしょう。


その後雨の中を歩いてホテルに戻り、ジムに行こうかと考えました。フロントでチェックインした際に、ジムの利用券をもらったので、これを活用しないてはないと思ったのですが、場所を見るとホテルのそばではなく、かなり遠くにあるのでやめることにしました。そのまましばらく部屋の中でくつろいだ後、5時も過ぎたので再び1981に戻り、妻を迎えに行くことにしました。

1981に戻り、待合室で待っていると突然知らない人から声をかけられました。濃い化粧をして、19世紀のマダム蝶々みたいな感じの人が親しげにこっちを向いているので、いったいこの人は誰なんだろうと思っていたら、そのそばにいた別の人が “Your wife” といってくれて、ようやくそれが自分の妻であることに気づきました。それくらい、別人に様変わりさせてくれるところで、非常にびっくりしました。自分たちのカメラでも写真を取らせてくれるというので、適当にポーズを取って写真をとり、会計を済ませてその場を去りました。


今度はタイ式マッサージです。電車で中山駅に向かうことにしました。ここで予断ですが、ウィキペディアで調べると孫文の字は「中山」なのですが、この名は彼が日比谷公園近くに住んでいたころ、近所に中山さんと言う家があって、その表札がえらく気に入ってから自分も中山と名乗るようになったらしいです。それが由来で、世界各地の中華街に中山と言う名の公園ができたり、このような駅が台北市にできたりすると言うのは、当の中山さんも驚きのことでしょう。



さて、マッサージをする前におなかがすいたのでタイ式マッサージやの向かい側の適当なお店で夕ご飯を食べることにしました。ここのお店が思いのほか大当たりで、小龍包や、海老シュウマイ、海老チャーハンにハマグリスープ、それに中国野菜の炒め物を注文し、どれも味が濃すぎず、程よい味付けでとてもおいしくいただけました。また、テーブルの上に「当店自慢の」とでもいうように杏仁豆腐が宣伝されていたのでこれを食べてみるとやはり絶品で、とくに豆腐の舌触りがおいしい豆腐のそれで、これは本当に手作りで丹念に作っているなと思わせるものでした。


おいしい夕食の後、真向かいの Yawara というタイマッサージの店に向かいました。10年以上前、タイに行ったときに毎日のようにマッサージをうけ、とても気持ちよかったのを思い出し、期待していたのですが、当時味わったような感激はなくなってしまい、昨日受けたマッサージに通じる力強い押しが全体的に多く、筋肉を痛めつけるような気がして、全体としてあまり快適とはいえませんでした。ただ、タイマッサージの特徴である肉をねじったり伸ばしたりしてほぐすようなマッサージは心地よかったです。

マッサージ後は雨も降っていたので、タクシーを拾ってまっすぐホテルに帰りました。