高速道路の無料化に反対する人が結構多いらしい。
高速無料化、半数が反対=民主支持層にも異論−時事調査
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2009101700188&j1
マスコミが各論点に対して、その周辺で影響を被る人々、それもどちらかと言えば悪影響をうける人々を多く取り上げがちなので、それに誘導されて反対意見を唱える人々が多くなるのではという気がする。単純に考えれば、今までわざわざお金を払って通っていた道路が無料になるというのはうれしいことではないだろうか。それに、例えば東名高速道路などは、建設後ある程度の時間が経ったら無料化すると政府が約束していたのだから、無料化しない方が法律違反になる。
こうなると、今までのやり方とか、仕組みとかをあえて変えないで現状維持に甘んじていたいという思惑があるのではないかという気がしてくる。
アメリカでもヨーロッパでも、高速道路の利用にお金をとられるところは少ない。出張などでアメリカ各地やヨーロッパの田舎などを訪れているが、料金所がある道路はほとんどなかった。なので、本来なら公共の道路は、わざわざお金を払わなくても通れるはずで、お金を払って通るという概念自体がそもそもおかしいと疑うべきである。
もちろん、無料化によるコストの恩恵を受けるロジスティックス関連の会社にとってはうれしいはずである。
高速道路が無料化することによって、二酸化炭素の排出量が上がるという人もいるみたいだが、これは政治でなんとでも調整ができる。単純に車の数を減らしたければ車両税のようなものをもっと高くすればよいし、燃費がよく、二酸化炭素の排出量が少なくなるような車の割合を高めるようにするのなら、そのような車の税率を下げ、自動車メーカーに開発を促すようにすれば、二酸化炭素の排出量が減り、メーカーの市場に対する競争力も増すので、一石二鳥になる。
公共のサービスを提供していたバス、電車、フェリーなどの業界も、高速道路の無料化に反対しているようだが、これも考え方を変えられないのかと思う。まずバスについては、バスが高速道路を利用する際のコストが高速道路無料化で下がる。コストを下げることで、今までできなかったサービスが考えられるようになり、たとえば今はまだあまりない、高速道路の路線バスを使った通勤などがしやすくなる。実際にシリコンバレーなどは、サンフランシスコとグーグルやヤフー、アップルなどを結ぶバスが通勤時間帯に使われている。
電車やフェリーも考え方を変えれば大きなビジネスチャンスがあるはずである。例えばマイカーで遠出をする人々を狙って、彼らの車両ごと電車やフェリーに乗せて、移動を提供するサービスができるかもしれない。すなわち、高速道路無料化によって、サービスエリアやパーキングエリアで車内泊をする人々を、電車やフェリーに誘導し、彼らが寝ている間にも移動ができますよとするサービスが考えられる。
高速道路の無料化によって、渋滞が激しくなるという憂いもあるが、そういう区間こそまさに他の代替交通手段が進出するチャンスがある。現在でも高速道路が1000円になることによって、今までだったら考えられなかった東京から遠目の地域の観光がにぎわっているらしいが、これはそういう地域への交通手段が便利になれば人を集められるということを物語っているわけで、電車や飛行機を運航する会社にとってはビジネスチャンスがあるとみえる。
飛行機と言えば、羽田空港のハブ化の議論もあるが、そもそも羽田空港自体、小型機の離着陸ができないという点において、完全なハブ化ができそうにもない。これは、東京一極集中による、空の過密化と、周辺飛行場との連携がうまくできていないという二つの問題に起因するが、高速道路の無料化により、周辺飛行場との連携をうまくとれるようにすれば、後者の問題の解決に向けて前進できる。すなわち、ニューヨーク地区に JFK、ニューアーク、およびラガーディアの三つの空港があり、それらがニューヨークと高速道路でつながっており、訪問者はこの三つの空港の中からどれを利用するかが選べる。東京周辺でもこれに似た環境を、高速道路無料化によりうみだしやすくなる。
また、こうしたインフラがもっと整ってくれば、東京一極集中を是正する方向にもつながる。現在では、使われもしない飛行場や港がそれこそ日本全国に何千とあるが、空、陸、海を有機的につなぎ、一とモノとお金の流れを東京一極集中中央集権型から分散型に変換できれば、地方の疲弊化と過疎化の問題に対処もできる。すると、今度は道州制の議論にも入ってくるのだろうが、なぜか今のところ道州制の議論については何もなされていないのが不思議なくらいである。
民主党も、せっかく長期政権を覆して政権を取ったのだから、もっと大きな視点を提示して、その大局的な長期目標を実現する上での手段として、インフラの議論をすべきだと思うのだが、そうなっていないのは何か意図的な策略でもあるのだろうか。