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  • スペースシャトル、コロンビア号の最後の瞬間

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    今朝のニューヨーク・タイムズで、スペースシャトル、コロンビア号の事故調査を記した400ページにも及ぶ報告書についての記事が出ていた。

    Report on Columbia Details How Astronauts Died
    http://www.nytimes.com/2008/12/31/science/space/31NASA.html?_r=1&scp=2&sq=columbia&st=cse

    報告では、スペースシャトルの打ち上げ時に外部燃料タンクから落下した耐熱フォームによって、左側の翼に損傷を受け、結局その傷が仇となり、大気圏突入時に機体の制御が不能となり、ありとあらゆる警告サインが点滅し、シャトルの乗組員たちは訓練で受けた通りの作業をこなそうとし、最後には激しい気体の揺れと気圧の低下により、意識がなくなった後、シャトルが爆発して粉々になったという一部始終を詳細にわたって述べているという。

    報告書を書いた人たちも、亡くなった乗組員たちの同僚だった訳で、記事の最後の方にもあるように、調査の観点からと、心理的な観点からの両方において、困難な作業だったということは、想像に難くない。だが、この最後の瞬間にどういうことが起こったか、どういう術をとるべきであったか、ということを学び、今後の航空・宇宙開発に役立てることができれば、犠牲となった方達への最大の供養になるだろう。

    結局のところ、スペースシャトルの構造自体があぶなっかしいもので、ロケットを飛ばして、人が乗るカプセルをそのロケットの先端にのせるという、昔のアポロ時代のやり方は、耐熱フォームが仮に燃料タンクから落下するようなことがあっても、全く問題ない訳で、安全面からいうとむしろ好ましい。スペースシャトルの置き換えとなる Constellation 計画におけるロケットでもこのアポロ時代と同じやり方を踏襲するというのは、進歩しているのか後退しているのかよくわからなくなってしまう。だが、飛行機のような離陸をして、地球の引力圏を抜け出せるような強力なエンジンは残念ながら今のところは不可能なので、結局このロケット型のやり方にしばらくは頼らざるを得ないのだろう。

    報告書の発表を、冬休み期間中にして、乗組員たちの子供たちが学校で話題に取り上げられないように配慮したという心遣いもすばらしいと思った。

  • 東京タワーのノスタルジー

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    今朝のニューヨーク・タイムズで、50周年を迎えた東京タワーを懐かしんでノスタルジーに浸る人が多いという記事があった。

    Beacon of Japan’s Future, Sparkling With Nostalgia
    http://www.nytimes.com/2008/12/30/world/asia/30tokyo.html?scp=1&sq=tokyo%20tower&st=cse

    自分が初めて東京タワーに登ったときが小学校一年生のときで、よく考えると建設されてから20周年の年だったことになる。展望台からみた車や人が豆粒みたいで、えらく感動したのを覚えている。また、階下にあった蝋人形館がやたらと気味が悪かったのも印象的だった。

    しかし当時はまだ70年代の末期で、日本が高度経済成長からバブルへと移り変わる頃だったわけで、オイルショックの影響はあったにせよ、今とは違って右肩上がりの経済成長があった。小学生でも貯金をすれば、月に数十円の利子がついて喜んでいた時代だった。記事ではそんな時代を懐かしむ声と同時に、これからの高齢化社会および低成長を憂う声が対比させられている。

    大人になって、東京タワーよりも高いビルを登ったせいかもしれないし、東京タワーのモデルとなったパリのエッフェル塔を登ったからかもしれないし、あるいはこの記事に出てくる人たちと世代が違うからかもしれないが、自分としては東京タワーに対する愛着がほとんどなくなっていることに気づいた。要するに小学生の頃に東京タワーを訪れてわくわくしたあの高揚感がなくなってしまっている。それどころか、なんとなく気まずい感じさえするのは、やはり欧米に追いつけ追い越せの時代に、既にある塔に似せて作られてしまったことと、プロジェクトXなどでよくありがちな、「あの頃はこうして頑張った」というような自己満足的な懐古主義を感じてしまうからだと思う。

  • ロサンゼルスでの考古学

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    朝早く起きて、7時半の朝食開始と同時にロビーに行きたかったのだが、疲れていたのか、8時過ぎまで寝てしまった。だが、9時過ぎにロビーにいってみても、今日は人が少ないからか、昨日に比べていろいろなものがまだたくさん残っていた。オートミールのおかゆとご飯、みそ汁、ふりかけにのりというメニューで朝食をとり、チェックアウトをすませた。

    今日の予定は、Wilshire Boulevard にある La Brea 博物館にて、タールの池で発掘された化石をみることである。また、サンタモニカにも行きたい。しかしこれらはどちらかといえばロサンゼルスの北の方にあり、滞在していた Torrance からは結構な距離がある。Torrance にいる間にすませておくべきことはないかと考え、BOOK OFF にまたいき、昨日買おうと思って躊躇していた書籍をたっぷり買うことにした。もちろん $50 を超えたので、2割引である。

    昼ご飯はこれまでに何度かいっている Gardena の千成寿司に行こうと思った。しかしいってみたら、土日は昼は営業していなかった。気分を変えて、昨日 UCLA へ行く途中で立ち寄った Sawtell Boulevard で行列ができていた Curry House のことが思い出された。近くにないかと思って iPhone を降って、Urbanspoon で調べてみると、Artesia 沿いの Normandie が交差するあたりにあるので、行ってみた。

    今回 iPhone が非常に大活躍している。ちょっと道がわからなくなったら、Google Map で調べればよいし、食べるところを調べる必要が出たら、Ubanspoon で調べるか、Safari でググればよい。

    Curry House はハウス食品が経営しているチェーン店で、オーソドックスな日本のカレーを出してきた。なんということはない味ではあるのだが、小さい頃から慣れ親しんだこれぞカレーという味で、満足がいく。

    ふと Curry House を出てみたら、車の鍵をイグニッションに差し込んだまま、車をロックしたことに気づいた。早速 AAA を呼んで、最寄りのサービスを呼んでもらった。この間、30分のロスが発生してしまった。

    再び iPhone を取り出して、次なる目的地である Page Museum の場所を調べた。ここは Wilshire Boulevard 沿いの La Brea というタールの池があるところにある博物館で、子供の頃にみた図鑑で次から次へと化石が見つかる場所ということで覚えていた。なぜかわからないが、ここも UCLA に留学していたときに、行こう行こうと思って結局行く機会を逃した場所のうちの一つである。Google Map で確かめてみると、Artesia が 110 と交差しているので、そこでフリーウェイにのり、ダウンタウンに向かい、10 に乗ってすぐに La Brea でおりて、Wilshire に向かえばよい。

    ダウンタウンに近づくと、車の量が多くなり渋滞し始めた。しかしカープールレーンが使えるので、難なく 10 に乗ることができた。10 とのインターチェンジ付近に Convention Center があるが、妻がガンダムを思い出し、「ここってホワイトベースが隠れたところじゃない?」と確認してきた。そういえば、UCLA にいた頃は全くそんなことを考えたことがなかった。一応小学生の頃にガンダムを見て、ホワイトベースが隠れるところや、セーラがアルテーシアであるということもちゃんと見ていた。しかし UCLA にいた頃は、それらのことと、Convention Center や Artesia の通りとは全く結びつくことがなかった。今回、妻と一緒に旅行して、Artesia Boulevard をみて、彼女が「セーラさんみたい」と言ったり、Convention Center がホワイトベースの隠れ場所だと確認したのを機に、ようやくそれらの離れていた概念が結びつくことができた。こういう発見は、やはり一人でぶらぶらしていると味わうことができないものである。

    Page Museum には3時半には着いた。入ってみると、昨日の Paul Getty Museum とはうって違ってこじんまりとしている。しかしその中に陳列された化石が非常に充実している。ドラえもんとのび太が大昔にいくと必ずのび太が襲われるサーベルタイガーの化石や、マンモス、マストドン、ライオン、オオカミなど、既に絶滅してしまったほ乳類の化石がみられる。これらの動物がなぜ絶滅したかは謎とされているが、みんな揃いもそろって2万年から1万年前の間に滅んでしまったことを考えると、氷河期の終わりと人間が猟り尽くしたという二通りのパターンが同時にあったのではないかと思う。

    博物館を訪れた後、サンタモニカに向かい、夕暮れを見た。その後 3rd Street Promenade で買い物をし、LAX へと向かった。帰りのフライトも快適で、途中でうつらうつらとしてしまったが、あっという間に SFO に到着した。

  • ロサンゼルスでの芸術鑑賞

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    今回滞在した Staybridge は、Holiday Inn 系列の宿であるが、Holiday Inn と違ってとても居心地がよい。各部屋にはキッチンスペースと居間スペースがあり、どちらかといえば長期滞在者がしばらくここですめるような配慮になっているようだ。朝食も充実しており、通常のホテルで出てくる Continental でおなじみのパンやコーンフレーク、ワッフルや果物といった定番、ちょっとサービスのいいところで出てくるベーコンとスクランブルエッグ、さらにはオートミールのおかゆがあり、ここ Torrance では、ご飯とインスタントのみそ汁まで出てくれる。さすがに土曜日の朝ということで、人々が多く、ご飯は早くも切れていたが、オートミールのおかゆをおいしくいただけた。

    朝食後、Gardena にある、BOOK OFF ロサンゼルス店に向かった。年末のセール中ということで、$20 で、一割引、$50 買うと二割引ということで、70ドル分くらいの書籍をまとめて買っておいた。

    ここの敷地にある、Marukai にも立ち寄ってみた。品揃えが豊富で、ミツワよりも充実しているようで、ほとんど日本のスーパーと変わらないといっても過言ではない。さらにフードコートがこれまた充実しており、たいやきが売られているのには感動した。思わず夫婦で飛びついてしまった。

    昼食はさぬきの里にて、自分はざるそばを、妻はうどんを食べた。実はサンフランシスコベイエリアにはおいしいそば屋さんがなくて困っているのだが、このさぬきの里のそばは結構おいしく、久しぶりに食べたざるそばとそば湯により、ちょっとした充実感を味わえた。

    今回の旅行の目的の一つである、J. Paul Getty Museum にいく途中で、UCLA に立ち寄った。このキャンパスはいつ来ても美しく、カリフォルニアならではの輝きを持っている気がする。これまでカリフォルニア州内のいくつかの大学キャンパスを訪れたが、一番カリフォルニアっぽい味わいを持つのが UCLA だとおもう。なんといっても太陽の光線が、オレンジと赤とピンクとクリーム色のレンガを基調として組み上げられた建物に実にいい具合に輝きを与えている。そんな建物が、青々とした芝生の上にちょうど良い間隔で並んでいるのが印象的である。自分が一年間交換留学生として滞在していたときは、看板である Royce Hall や Powell Library は耐震工事中で(皮肉にもこの工事中に Northridge の大地震に見舞われたが)サウスキャンパスの医学部のあたりもやたらと工事していた。今訪れるとそれらの工事はすべて終了していて、新しい建物も古い建物も実によく調和して建てられている。もっとも、いつ何時ここを訪れても工事は耐えなくて、今回は警察署の建物を建て替えていた。

    キャンパスの北側から、Sunset Boulevard を経て、Getty Center に向かった。駐車場に入るのにやたらと時間がかかり、日が暮れるのではないかとやきもきしたが、なんとか間に合って、美しい夕暮れを堪能することができた。サンタモニカの海岸の向こうに、真っ赤に燃える炎のような光が辺りを照らし、そこから東の空に向かってオレンジ、紫、青、濃紺というようにグラデーションしていく空の色が、これまた非常に美しい。そんな幻想的な光に照らされる美術館の建物もこれまた非常に幻想的で美しかった。

    中の展示物がこれまた半端ではない。時間の都合上、南館だけしかみられなかったが、ここだけで、17世紀から19世紀にかけてのオランダ、フランス、ドイツの絵画や彫刻を堪能できる。特に印象的だったのが、レンブラントの作品で、ここでもやはり彼の光の使い方は秀逸であると感じた。

    南館を歩いて回るだけでつかれたので、美術館鑑賞はこれでやめることにした。ほかにもいくつか建物があり、とてもではないが一度に全部は見切れない。こんなすばらしい美術館を無料で見せてくれることに対して、J. Paul Getty 氏に対して大変ありがたい思いがしたので、ここに感謝の意を表しておく。

    美術鑑賞の後は、ニューヨーク・タイムズでも取り上げられ、以前ブログでも取り上げたメイドカフェに向かった。このカフェ、Culver City 内にあるのだが、どうも年末のホリデーシーズンにいったからなのか、それとも元々へんぴなところにあるからなのか、よくわからないが、自分たちが入ったときは客が誰一人としていなかった。中に入ってしばらく呆然とたたずんでいると、やがて厨房の方からオーナーとおぼしき女性が現れて、メニューを渡してくれた。ほどなくして、メイド姿のウェイトレスの女性も現れた。

    日本でもメイドカフェに行ったことがなかったので、本場がどうなっているのかは何ともいえない。しかしこのカフェに関していえば、何かこうぎこちないものを感じた。どちらかといえば、工業的な感じのする通りに、これまた元は倉庫ではないかと思うようなれんが造りの建物の中に、現代アート的な作品がでかでかと展示されている。天井にはフレームや配管がむき出しで、地面はコンクリートむき出しである。そんな室内のかなり大きなスペースの半分以上はこうしたアート作品や、日本で撮ったメイドの写真、その他日本のオタクっぽいグッズがおかれている。喫茶スペースも広々としているのだが、周りのアート作品のせいか、なんとなく追いやられたような気がしないでもない。

    出されたロイヤルミルクティーと前菜はそれなりにおいしかった。日本で出せるようなレベルを目指したというオーナーの意気込みが伝わってくるようだった。だが、なんとなくこのおいしさが周りの無機質な雰囲気とアートのせいで、あまりおいしくいただけなかった。妻などは寒々として気味が悪いといい始める始末だった。

    率直にいえば、ぎくしゃくした空間というのが、このカフェの印象である。もう一度いきたいかといえば、もし好奇心のある人を連れて行くという場面だったらいいと思うが、自分から積極的に行こうという気にはなれない。いっそのこと、バーや、パーティー会場にしてしまった方が、大きな空間とアート作品が活きてくるのではと思った。どうもあの空間にメイドは似合わない気がした。

    そんな寒々とした空間にいると、身も心も寒くなる気がしたので、Torrance 市内にある 24 Hour Fitness にはいり、ジャグジーで体を温めてから、宿に戻り、眠ることにした。

  • Virgin America すばらしい

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    26日から28日までロサンゼルスで過ごすことにした。今回職場の同僚から Virgin America がすごくいいという評判を聞いていたので、それを利用してみることにしたが、実際すばらしいフライトを楽しむことができた。

    予約は Virgin America のサイトからスムーズに行えた。前日になって、オンラインでチェックインができるというメールが入ったので、Virgin America のサイトにいき、チェックインをすませておいた。そのため朝はチェックインカウンターにいかずにそのままゲートに行くことができる訳である。

    SFO では、Virgin America のゲートは国際ターミナルに配置される。オンラインチェックインのときに印刷したボーディングパスにはゲート 36 と書いてあったが、このターミナルにはそんなゲートはない。おかしいと思って Virgin America のチェックインカウンターの前で人々を誘導していた人に聞いたら、ゲート 91 だと言われた。今回 Virgin America を利用して、これが唯一のがっかりさせられる点だった。

    いつもはヨーロッパや日本に行くときに利用するセキュリティーポイントを通り、91 番ゲートに向かった。ほどなくして搭乗が始まったが、グループごとに乗っていくのは他の航空界者とかわらない。大変面白かったのは、自分は E グループで最後の方の搭乗だったが、グレードの高い前方の4席に誰も乗っていなかったことである。おそらく誰も最初から予約していなかったか、このグレードの人たちは最後に乗るようになっているかのどちらかであろう。

    飛行機に乗る直前に、出入り口から見える機内の明かりのつき方からして、非常に期待を抱かせるおもてなしぶりが見えた。薄暗く紫がかった照明は、なんとなく高級なレストランの入り口を思い起こさせる。中に入ると全席革張りのシートで、エコノミークラスでさえも7インチくらいの LCD スクリーンが設置されている。このスクリーンにて、いろいろなものをみることができ、Google Map でのフライト状況、映画、テレビ、その他いろいろとみられる。CNN がリアルタイムで放映されているのには驚いた。座席には電源コンセントと USB の口があり、ここから電子機器への電力供給ができる。

    同じ Airbus A320 でもここまですばらしく豪華な飛行気になるものかと改めて感動した。フライトアテンダントの対応もよく、家から持ってきたおにぎりをむしゃむしゃと食べていたら、「食べているから」と、水を二本くれた。この水の提供の仕方も、コップに水を注ぐのではなく、小さなペットボトルごともらえるという点がまたすばらしい。

    ということで、フライト時間があまりにも早く過ぎ去ってしまい、もっと飛行機に乗っていたい気がしながら降りていった。その昔飛行機に乗り始めた頃の感動を思い出したようだった。

    LAX についてから、Hertz レンタカーで車を拾い、サンディエゴへと向かった。車は Kia の Rio というモデルで、今までにも数回借りたことがある。しかし MINI に乗り馴れた後でこの車に乗ると、妙に軽く華奢な気がした。ドアを閉めたときの音や、ハンドルを切ったときの反応、加速したときの反応など、いろいろな点においてボディー剛性が貧相だという印象を持ってしまった。要するにぶつかったらぺしゃんこになりそうな雰囲気を醸し出している。慎重に運転しなければと思った。

    サンディエゴでは、2日ほど前に「誕生日おめでとう」と何年かぶりにメールをくれた大学時代の友達の M さんにあった。彼女と旦那さんと娘さんとにシーワールドの入り口で待ち合わせをして、シーワールド内を見て回った。彼らは年間パスを持っているということで、6月にこちらにきて以来、何回かシーワールドにきて楽しんでいるという。

    シーワールドでは、お目当てのシャチのショーはみられなかったものの、傷ついたところを助けられたマナティーや、サメの水族館、アシカとセイウチが出てくるショーを見た。これはもう一度本格的に訪れにこなければいけないと思った。

    3時頃に M さんたちとわかれ、ちょっと南下して Old Town にむかった。ここはサンディエゴが開拓し始められた頃の面影を残す街で、メキシコっぽい雰囲気の店と、なんだか西部劇を彷彿とさせる店とが建ち並ぶ。ここでコーヒーとお茶を飲んで休憩し、ちょっと散策した。

    Old Town から、日が暮れないうちに La Jolla に向かい、海岸沿いに出た。海岸の向こうに沈んでいく夕日を写真に収めた。海岸沿いに高級住宅が建ち並び、ここに住む人々は、こういう夕日を毎日眺めながら暮らすのかと思うとため息が出た。

    その後ロサンゼルスへとかえる途中の道のりで、なんだかそばが食べたくなった。ホテルにチェックインした後、Torrance のさぬきの里というところへいき、冷やし山かけにしんそばを食べた。これがとてもおいしかった。

  • アメリカ再起動

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    昨日のニューヨーク・タイムズにて、Thomas Friedman 氏のコラムにおいて、氏がアメリカの再起動を訴えている。

    Time to Reboot America
    http://www.nytimes.com/2008/12/24/opinion/24friedman.html?scp=1&sq=reboot%20america&st=cse

    再起動という言葉を国や個人に対して使うのは、おそらく大前健一氏が最初だったと思うが、彼の訴えを Friedman 氏がまねしたのか、それとも独自に別の視点から同じ帰結に達したのかはよくわからない。とにかく Friedman 氏の主張は、表面的に経営破綻しそうな会社に対して財政支援をするという短絡的な改善策ではなく、ゼロベースで国の再建を訴えていて、このゼロベースからの再建の考え方が大前氏の主張とよく似ている。

    このコラムの中で Friedman 氏は自らの香港での空港までの高速鉄道での移動の間、無線 LAN が切れなかった体験と、ニューヨークからワシントンまでの移動の間に携帯電話を使ってインタビューしたら15分間に3回も電話が切れたという体験を比べているが、自分も同様な思いを持っているところだった。すなわち、サンフランシスコからサンノゼという、世界の他の地域からみたらシリコンバレーのまさに最先端を行く地であるかのように思える場所で、携帯電話が途切れやすい電車の区間が少なくとも2カ所ある。また、同じサンフランシスコ、サンノゼ間を結ぶ 101 という高速道路上でも何カ所か切れやすい場所がある。一方、ダイビングの際、フィリピンのセブ島から2時間ほどボートで移動したバリカサグという小島では、携帯電話がばっちりつながり、アメリカ国内でかけるのと遜色ない音質だったし、島周辺の海域でもアンテナはばっちりフルに立っていた。Mountain View に住む友人とダイビングをしながら、「こっちの方がアメリカよりもよっぽど進んでいる」と皮肉を言っていたものである。

    アメリカの生活基盤というのは意外にも実はかなり貧弱である。電車はよく故障し、遅れるのが普通である。それでも電車が通っているだけましで、たいていの地域では電車は走らず、バスは頼りにならないくらい本数が少なく、公共機関は無いに等しい。上記のように携帯電話はよく途切れるし、カバー領域も限定される。停電もよく起きて、日本でよくくるような台風くらいの嵐になると、どこかしらで停電が発生する。

    人々もそうしたいい加減なインフラ基盤に慣れているのか、普通の人々のサービス業などにおける勤務態度は、通常だらだらと機敏性がなく、仕事も遅くていいかげんである。逆にちょっとでもきびきびと積極的に働ける人は、すぐに昇進してマネージャーレベルに昇格していき、その空席を別のだらだら働く人が埋めるという構図になっている。だからいつまでたってもサービスレベルは上がらない。最も、市場原理にさらされている小売店などでは、こういうサービスレベルだと競争においていかれるので、システムで人々がきびきびと動けるような仕組みが構築されているが、公共機関、たとえば郵便局や免許を発行する DMV などでのサービスはかなり悪い。総じて考えると、少なくとも現場レベルのサービスレベルは日本の方が遥かに高い(しかし生産性となると、なぜかアメリカの方がいいという統計が出るのだが、これはまた別の議論が必要だろう)。

    Friedman 氏が述べているように、金融工学に優秀な頭脳が集まる今のアメリカは、今後が危うい。それよりも本来の意味での工学に優秀な頭脳が集まるような仕組みが必要だろう。ソフトウェア産業に身を置く自分としても、日本やヨーロッパと比べて、アメリカでは新しい先端的なソフトの導入が航空や防衛といった極めて優秀な人々がいく会社においては積極的に進むものの、自動車や工作機械、精密機械などのほかの産業ではなかなか進まないことにいらだちを感じていた。もし、Friedman 氏がいうように、優秀な頭脳が金融に流れていて、理工学系に流れなくなっているとすれば、それも当然のことだろう。

    大学時代を振り返ってみると、確かにその兆候はあった。90年代前半のアメリカの大学といえば、機械工学や電子工学の学部にはアジアからの留学生が多数占めており、法学や経営学部にはアメリカ生まれのアメリカ人が多くいる傾向があった。そうした学生が学んだことをベースに職を選んでいけば、自然と現在のような結果が生まれるのかもしれない。

    もっとも、日本の状況もアメリカに似てきているらしい。すなわち、理工学系に進む学生の数が減り、その分を埋めるべく日本の製造業が最近中国の優秀な大学を出た若い人を採用するようになってきているという記事をどこかで目にした。アメリカの再起動が必要ならば、アメリカに戦後盲目的に追従してきた日本はもっと再起動が必要なのかもしれない。

  • 静かなクリスマスイブ

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    日本と電話会議があったため、6時半まで仕事をして会社を出てきた。いつもならこの時間はまだ人通りの多いサンフランシスコの通りも、やはりクリスマスイブとなると、ガラガラになっていて、まるでいつもの時間の9時くらいのようだった。

    人通りが少ないからか、いつもに比べて否が応でもホームレスの人たちの存在が目立った。彼らになんとかしてあげたい気もしたが、自分の体調も風邪気味でよくないので一目散に帰ることにした。来年は景気が良くなってこうした人たちが減ればと思うが、状況はますます厳しくなるばかりのようだ。

  • 時の流れ

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    下記の写真を見て、思わず時の流れを感じてしまった。

    匿名PRで話題のハンバーガー全国展開
    http://rn.oricon.co.jp/news/photo/index.php?n_id=60473&p_id=p00200811270286001001227754096L

    原田社長、アップルでマックを売っていたときは黒髪だった。いかにも先進的な会社の若手社長という感じだった。ところが白髪のせいか、すっかりいわゆる社長っぽくなった。

    マクドナルドは最近コーヒーがうまいことに気づいてたまにいくが、ハンバーガーはここ数年食べていない。特に、スーパーサイズ・ミーを見てからというものは、怖くて食べれなくなってしまった。

  • わからない日本語が増えている

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    2003年7月末にアメリカに移ってきてから、5年半が経とうとしているが、その間に日本国内の情勢はどんどん変わり、新しい言葉や略語が増えてきている。その一方、自分の頭の中は2003年半ばから、ネットや本で目にする言葉以外、あまり新しい言葉や表現、トレンドに接していない。したがって、わからない日本語が増えてくるのは当然だろう。

    最近まで、「アラフォー」という言葉がわからなかった。どうも Around 40 すなわち40歳くらいということらしいのだが、こんな変な単語、勝手に創るなと思ってしまう。

    そんな中、こんなリストが発表されている。

    わからない最近の略語ランキング
    http://ranking.goo.ne.jp/ranking/999/abbreviate_language/

    どれもこれもまったくわからない。

    まあ日本にいても、世代が違ったりすると、一部ではやっている言葉が全くわからないものである。まあわからないからといって、別に焦る訳でもないし、わかろうとも思わないので、どうでもいいといえばどうでもよいのだが。

  • クリスマスに近い誕生日

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    子供の頃はクリスマスに近い誕生日というのは嫌だった。まず幼稚園ではお誕生日会はやはり最初の方に開催される4月や5月の方が新鮮なのでとても刺激的で盛り上がるものだったが、12月となるとマンネリ化してちっとも面白くなかったのを覚えている。もう少し年を取って小学校低学年になると、クリスマスと誕生日が一緒にお祝いされて、二度あるべき楽しみが一度になってしまってつまらないとおもったものである。しかしプレゼントをもらうときはその分少し高価なものをいただけて、それはそれで嬉しかった。

    最近はクリスマスに近い誕生日もよいものだと感じるようになった。というのも、人々に覚えてもらいやすいからである。しかも、我々夫婦の場合は結婚式を自分の誕生日とクリスマスの間に挙げているので、これまた覚えてもらいやすい。

    ということで、週末にお会いした皆様には祝っていただき、大変どうもありがとうございました。またお会いできなかった方々も温かいお言葉をいただき、どうもありがとうございました。今後ともよろしくおねがいします。