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Archive for 2006

Shiro’s 12月 05

シアトルにあるお寿司屋さん。カウンター席に座り、おまかせの刺身と寿司を頼んだが、これが新鮮でとにかくうまい。平目を少々日であぶって出してくれたり、ホタテを海苔で巻いて、少々粒々系のものをあえたりするなど、なかなか食べづらいものでも食べやすくしてくれる心遣がうれしい。

5時半に入店したが、6時には既にカウンター席が埋まっていたのも納得が行く。

Shiro’s
www.shiros.com
2401 2nd Ave
Seattle, WA 98121
USA
+1 206-443-9844

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Boeing Factory Tour 12月 05

ボーイングの工場見学に参加した。Evett にある広大な敷地に世界一の容積を誇る建物を確保し、幅広機体、すなわち、747、767、777をつくっている。来年からは、787のラインもでき上がり、今回行ったときは空っぽの状態だった。

ツアーはまずビデオの上映から始まる。以前に A380 の組み上がる様子を上映するビデオを YouTube でみたことがあるので、このビデオも絶対にあるに違いないと思っていたら、実際に以下の場所にあった。

http://www.youtube.com/watch?v=a-3TFg7o3kM

その後、シャトルバスにのって、工場に向かい、組立ラインをみた。とてつもなく広い工場は、ディズニーランドがまるまる入る大きさだという。入社したての人が迷って数時間さまようということも珍しくないという。この広大な光景を写真に撮りたいと思うのが自然な反応であるが、カメラ・携帯電話は厳禁だった。以前、観光客がカメラを落とし、747の期待に直撃し、2500万円の損失をこうむったという。

ツアーでは、まず空っぽの 787 の組立ラインとなる場所を見学した。ここでは、動くライン上で、787が組み立てられるので、レールみたいなものは既に作られていたが、それ以外はほとんど空っぽという状態だった。

次に777のラインをみたが、これがかなりすごかった。何機もの飛行機が延々と並んでいる。一つ一つの飛行機の胴体は三つの色がついており、一番前から、Wichita やそのほかの場所でつくられたことが分かる。ここでは、全てのパーツが組み上がるが、エンジンは最後に取りつけられるそうである。というのも、エンジン自体がかなり高価なものであるため、同じ場所に二日以上置くとそれが在庫として見なされ、税金が課せられてしまうのだという。

工場構内の室温は20度に保たれているが、この寒い中、別に空調を稼働させているわけでもないらしい。光源、人間、および機械類の発する熱が室温を保っているのだそうだ。

777には、様々なバリエーションがあるが、そのすべてがこのラインで組み立てられるのだそうだ。また、全ての飛行機の塗装は、この広大な敷地の中の別な建物でなされるそうだ。航空会社にとって、白は重量が軽くて人気があり、赤が一番重たい塗料らしい。

テスト飛行は二回行われるが、一回目は B-Flight、すなわちボーイングが飛ばす飛行であり、エンジンとブレーキを確認し、二回目は、C-Flight、すなわち顧客が飛ばす飛行であるという。また、この工場での塗装、およびこの工場から、目的地への燃料費などは全て航空会社持ちだという。

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日本語学習 12月 04

昨日マウンテン・ビュー市内の自然薬のお店で買い物をしたら、クレジットカードの自分の名前をみて、レジの女性が「シュウジ」と正しく発音することができた。びっくりして、”You pronounced really correctly!” と、彼女が正しく発音できたことにびっくりしたことを述べると、彼女の妹 (姉かも知れない) が日本人と結婚し、彼女自身も日本語を習ったことがあるからだという。「日本語少しだけ話せます」といった簡単な表現を話すことができた。

実際に日本語を学んだことのある人はアメリカ国内でも意外に多く存在する。彼等はたいてい上記の彼女のように、身内に日本人がいる、自分が日本に行ったことがある、あるいは1990年前後の日本の景気がよかったころにこれからは日本語を学ぶことがいいビジネスチャンスをつかむきっかけになるといった野心から学んだことがあるかのうちの、どれかの理由による。実際に自分が1993年から1994年に UCLA に通っていたときは、多くの学生、特にアジア系学生が日本語のクラスをとっていた。現在でも30歳くらいから上の人々の中には、意外と多く日本語学習体験者が存在する。

ここで思いつくことが二、三ある。

1. 現在欧米で日本食が多く好まれるようになっているのは、こうした元日本語学習者が日本食を食べる習慣を身につけたからではないかという仮説。

2. 現在では、こうした外国語学習熱が、日本語から完全に中国語にとって変わってしまっている。

3. 元日本語学習経験者の潜在的な数の多さからすると、彼等に訴えかける日本に纏わるメッセージがうけとめられやすいのではないか。

1 については、もともと80年代から徐々に日本食を口にすることはヒッピーたちの間でトレンドとなり、90年代から現在に至る健康意識の高まりとあいまって、日本食のブームが興じているので、あまり当てにならない仮説かも知れない。しかし、2については、確実に現実として今現在みられる現象である。また、もし何か日本の何かを戦略的に宣伝したい、広めたいという場合は、3の考えもあながちわるくないかもしれない。

ひょっとすると、つかみどころによっては、日本ではなにげなく当たり前になっているものを欧米に持ち込むことによって、いいビジネスとなるのかもしれない。

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お江戸でござる 12月 01

杉浦日向子氏の「お江戸でござる (新潮文庫)」をデトロイト出張のための飛行機の機中で一気に読んでしまった。この本、あたかも杉浦氏が江戸の町を観光案内しているかのように生き生きと描写しているので、大変おもしろい。

17世紀の時点で、パリやロンドンをしのぐ100万人以上を抱える市に膨れ上がっていたにも関わらず、水道が整い、リサイクルシステムが完全に整い、士農工商の区別は実はそれほどなく、みなしごや体の弱い老人を町で支えあうシステムが整い、識字率は7割ほどに達し、春夏秋冬それぞれの季節に応じた文化的な活動を人々が楽しんでいたというのだから、現代の我々も学ぶところが大変多い。

リサイクルシステムは、徹底しており、和紙を何度でも使い回す、本は大切に扱い、100年以上持たせる、ろうそくの蝋は、皿に落ちた分もすくいとって再利用する、髪の毛をとかしたり、風呂に入ったりしたあとに出た髪の毛は、かつらやつけ毛などに使う、割れた茶碗や皿は、白玉粉で接着して、はんだづけのように熱して固めて再利用する、炭などを燃やして出た灰は肥料にしたり、酒をつくるときに利用したり、漢方薬に利用したり、藍染に使ったりする、傘は紙と骨をとことん使い回す、などなど、何も捨てるところがないくらいの徹底ぶりである。

考えてみれば、日本人でない人々が経営している怪しいアメリカの日本食レストランでも寿司、天ぷら、そばなどはおいてあるが、これらは江戸時代の江戸発のものである。

今後は、食べ物に限らず江戸の人々の生き方、考え方、哲学、思想なども世界に広めていく必要があるのではないだろうか。

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死の壁 12月 01

養老猛氏の「死の壁」を週末に読み終えた。解剖学者ならではの死に対する視点が淡々と書かれている。彼の死の分類がおもしろい。すなわち、英語の一人称、二人称、三人称に呼応させて、「一人称の死」、「二人称の死」、および「三人称の死」を提案している。

「一人称の死」はあり得ないという。なぜならそれを口にしている本人が死んでいるという状態はあり得ないからである。「二人称の死」とは、相手の死のことであり、この場合の相手とは、話者が身近に感じる人のことである。すなわち、家族や友人、親戚、親しくお世話になった人のことである。これらの人々の死は、非常に心の痛みを伴うものであり、壮絶感が強い。一方、「三人称の死」は、赤の他人の死であり、あまり心に痛みを伴わないものである。医者が患者の死を冷静に見届けられるのは対象となる人が「三人称の死」を遂げるからである。

二人称の死は人間だけでなく、チンパンジーにも感じられるものだという。彼等は自分達の子が死ぬと、その死を認められず、いつまでもその子を抱き抱えていようとするらしい。

他に興味深かったのが、中世に書かれた「九相死草子」についての記述である。美女の死後の死体の変化を九段階に分けて絵と共に記述しているのがその書である。ネットで検索すると実際の絵がみられるが、非常にリアルに描かれており、昔の人々が冷静に死という現実を受け止めていたことが分かる。

死については普段避けて考えがちなテーマであるが、人間一人一人に必ず襲い掛かる運命である。これを意識することで、日頃の生がより充実したものになるとも言える。そういう意味で、現代の人々が自らの命を簡単に絶つことが多くなったのは、それだけ日頃の日常生活で死と向き合う機会が無いからかも知れないと感じた。

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Thomas Friedman on Vacation 12月 01

毎週水曜日と金曜日には、ニューヨークタイムズの売れっ子コラムニストである Thomas Friedma 氏のコラムが掲載される。ところが、今日11月24日分の掲載はなかった。紙面の右下隅に “Thomas Friedman on vacation” とかいてある。すなわち、Thomas Friedman 氏はお休みだそうだ。

こちらは、新聞の休刊日などというのはなく、いくら木曜日が Thanksgiving で全米中が休みになっても、きちんと新聞が届く。そんな中、有名なコラムニストがきちんと休みをとれるというのもまたよい心掛けである。きっとこういうときこそに今まで載せてもらいたくても載せてもらえなかったコラムニストのコラムが活躍するいい機会なのだろう。

日本の新聞社で、休刊日などをとらずにきちんと毎日発刊し、それでも祝日には有名記者やコラムニストをきちんと休ませるところなどは、聞いたことがない。おそらく大抵の新聞はこうした点を取り上げないだろう。

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Don’t look a gift horse in the mouth 11月 22

何かある提示やプレゼントを受けたときに、そのまま素直にもらっておくのがよいという英語の言い伝え。アメリカでもイギリスでも通じる表現らしい。

元々は馬が高価で、プレゼントとして非常に貴重な意義深い意味を持っていた時代に、人々が馬の歯を見て成長の具合いや質を見極めていたことから来るらしい。そこから転じて、なにかプレゼントやオファーを提示されたときは、あれこれと詮索するのではなく、素直に受け取るのがよいという教えとなっているそうだ。

日本語で似たような表現やことわざがあった気がするのだが、思い出せない。

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Junk food ad crackdown 11月 17

イギリスで、ジャンクフードの広告を禁止する動きが出ているらしい。

Junk food ad crackdown announced
http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/6154600.stm

この情報を流してくれた職場の B 氏によると、近年イギリスではアメリカ文化の影響が特に若者に広く行き渡っていて、英語の発音や、ビジネスの場で姓名でなくファーストネームで呼ぶ習慣が既に根付いてしまっているそうだが、こうした食文化もアメリカの影響を強くうけているという。

イギリスの子供たちの健康を守るためにはいたしかたないことなのだろう。

B 氏は、アメリカではこのような動きはまず考えられないというが、同感である。なにしろ、ファーストフード業界の政界への影響が大変強いからである。

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Kumon 11月 14

今日のニューヨークタイムズで、アメリカの初等教育における算数の教え方に問題があるという報告が、一面に出ていた。

The National Council of Teachers of Mathematics (「全国算数教師組合」とでもいうのだろうか) が1989年に、単純な暗記や計算を子供たちに強いるのではなく、より発見的で自発手否教え方をすべきであるという指摘をした。しかし、現在のアメリカ国内の小学生の算数の能力は、シンガポール、香港、韓国、日本の子供たちにくらべてかなり劣るということが分かっており、グローバル化のこの時勢において、アメリカの競争力を損ねるという懸念が出ている。

ニューヨークタイムズは、お母さんたちがその対策を考えているということも報告している。一例として、二人の子供を公文に通わせるお母さんを紹介していた。公文での単純な計算ドリルの反復的な学習が必要なのだということを彼女は述べている。

実は公文は全米に広がっている。シリコンバレーにもいくつか教室が点在しているし、出張先のデトロイトなどでもラジオをつけていると公文の広告が流れている。はじめにデトロイトで公文の広告を聞いたときは我が耳を疑ったが、既に何回も聞いているので、驚かなくなってしまった。

今日改めてその理由が分かった。アメリカのこうした教育事情にあわせて、公文が見事にそのギャップを埋め合わせているということである。

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Abalone Hunting 11月 06

昨日、Point Arena 市の Arena Cove にて、アワビとウニをとってきた。今回は大潮にあたり、潮の干潮差が大きく、午後になり潮がどんどん引けたため、アワビとウニが大量にとれ文字通り大漁となった。

朝6時半に Foster City に集合し、一路北に向かおうとしたが、コンタクトの調子が全く悪い。これではアワビやウニをとるどころか、自分の視界がゆがんで気持悪くなるばかりなので、いったん家に戻り、コンタクトをつけ直すことにした。原因は親指にはめたバンドエイドで使い捨てソフトコンタクトを持ったため、形状が変形してしまって、そのために眼球にフィットしていなかったためである。しかしこの判断はあとで正しいことが判明した。

S 社所有のカローラ3台に10人が分散したが、このうち2台は先に行ってもらうことにし、T 氏所有のカローラに乗った M 嬢と自分とで、3人でいったん逆方向に向かったものの、北上の際に 101 をそのまますすむのではなく、いったん 92 号線の橋を渡って、880 号線に行き、そこから 80 号線と 580 号線を使い、101 に戻るという経路をとった。こうすることで、サンフランシスコ市内を通る手間を省け、時間も短縮できる。おかげで20分ほど途中で休憩をいれたにも関わらず、Point Arena には先発隊に遅れてわずか20分ほどで着いた。

9時過ぎが満潮で、到着した11時は夕方に向けてどんどん潮が引く途中にあった。波は高く、水は濁り、とてもじゃないが水面から水底がみられない。しかし、天気予報通り、天候は曇りから晴れにうつるところで、気温も19度、水温も水面付近で16度くらいあり、潜るコンディションとしては、そんなに悪くない。

浜から遠ざかると、砂の巻き上がりの影響も少ないかと思い、Arena Cove の右側に沿って、30分ほどずっとあるいていったが、波が高く、水面で安定していることができない。どうせ潮はどんどん引いていくのであり、ここであまり頑張っても意味がないと考え、かつ、あまり長く皆
から離れると心配されるしということで、いったん引き返すことにした。

小休止のあと、Arena Cove 湾内でウニとりに専念することにした。ここなら、ウニが2層3層に積み重なっているので、もはや取り放題である。皆に「おかずをひろってくる」と告げ、ウニとりに専念した。

しかし、よく見ると、アワビもいることはいる。水底には着実に7インチくらいのアワビが見られる。とれるかどうか試してみたが、息が続かない。まだ少し波が高く、砂が巻き上がって視界が悪く、ターゲットのアワビを見逃しやすいため、一度とろうとしたアワビを水面で呼吸してから再びとろうということができず、アワビの収穫はゼロだった。

とりあえず大量に拾ったウニをもってあがり、陸で暇そうにしている人々に解体を行ってもらうことにした。こんなとき、居酒屋でバイトしていた (している) T 氏と M 嬢の経験は非常に活きる。

昼飯にと、用意されたおにぎりやおかずを頬張り、休憩したあと、もう一度今度はアワビとりに専念することにした。この頃までには潮もだいぶ引いていて、水面から 1m ほど下の水底の様子も見える。目を凝らしてじっと探すと結構アワビが見つかるものである。しかも水中の濁りも収まったので、一度とろうとしても息が続かずいったん水面に出て一呼吸得ざるをえなかったアワビを再びとることができる。こうして、一日の規程最大量である、3個をとり、引き上げた。

ここ3回アワビとりに参加している O 氏も二つとることができたが、一つは小さいため、海に返した。また、今回初めて潜った M 氏も一つとることができたが、やはり7インチに満たないため、海に返した。

そうこうするうちに、ウニの解体作業をしていた人々が、「おじさんからもらった」といいながら、さばいた魚とアワビをもってきていた。ということで、今日の収穫は、

・アワビ5個
・解体された魚
・大量のウニ

ということで、みんな満足そうな顔をしてベイエリアに帰ることができた。

ベイエリアでは、Foster City の O 氏の家で、アワビとウニ料理を堪能した。ここで再び T 氏と M 嬢の居酒屋での経験が最大限にいかされた。出てくる料理は、アワビの刺身、アワビのソテー、アワビの肝じょうゆ、アワビの肝かけ炒め、アワビのキノコ炒め、10cm四方のタッパー二つに入ったウニと、もうそれはそれは豪華なごちそうである。ウニの解体作業や調理などで、実質みんなが食べはじめたのは、夜の11時をまわったくらいであったが、「おいしい!」「しあわぜ!」「まんぞくぅー!」といった言葉が連発され、楽しいひとときを過ごすことができた。

ということで、おそらく今年最後になると思われるアワビとりは大成功に終わった。

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