遠藤さん,芦田さん,水谷とともに,朝7時45分に集合し,城巡りをした.
1. Burg Hohenzollern
Tubingenという古くからの学生街からちょっと離れたところにある。”Burg” とは、戦闘用の城という意味。日本語では「城塞」となっている。Hohenzollern家は有名なFrederick the Greatが統治していたときは、西はポツダムから東はベルリンまでの広大な地域を支配したほどの、強力な王家だったが、その家系の源泉がこの城にある。その家系は実は二つに分かれていて、Prussia側と、Swabia側に分かれる。Prussiaの象徴である鷲は、今もドイツの国旗に使われている。
城はそのあたりで最も標高の高い山のてっぺんに建っていて、実際にそこからあたり一面が手に取るようにわかる。ちょうどこのあたりは昨日雪が降っていて、その雪がまだ残るほど寒さは厳しく、風も強い。しかし見張り台から下を見下ろせば、どこから誰がやってくるか、すぐにわかってしまう。下から攻めてきた敵に対処するための槍を放つしかけや、大砲をうてるようなしかけもあるし、敵が攻め込んでこないように跳ね橋もあちらこちらに造ってある。
そんなわけで頑丈そうに見えるこの城も、実は造られてから三つ目のものになるらしい。一番最初のものは、11世紀に立てられたものの、1423年にのっとられた後に壊されたらしい。1454年に再建されたものの、その後一家が移り住んで戦闘上の意味をなさなくなったら、崩壊していった。1819年にプルシアの王子がここを訪れたときに再建することを決め、1850年から1867年の工事で今建っている城が完成したという。とはいうものの、彼が徹底的に中世の面影を残そうとしたおかげで、内部の様子はかなり古めかしく感じられる。
中には一族が持っていた宝やほかの貴族からの贈り物が並べられていて、中には120個以上のダイヤモンドと8個の真珠と大きなサファイヤをもつ王冠や、ビクトリア女王から送られた飾りや孫のためのおもちゃまでおいてある。歴代の王様やその妃の肖像画も飾られている。印象的だったのは、イギリスのビクトリア女王の娘のビクトリアがHohenzollern家に嫁いで生まれた子供の絵。このプルシア王子の絵はビクトリア妃が自分で描いたのだという。
城にはカソリックとプロテスタントの二つのチャペルがあって、カソリックのほうは、2代目のお城から残っている唯一の建物である。ツアーガイドのThomasによると、プロテスタントのチャペルのほうがきれいで華やかだというが、本当にそのとおりで、こちらのほうがやはり近代的できらびやかである。
この城の情趣は現在24歳の青年だという。皇帝Willhelmの直系の子孫だそうだが、それにしても大変な資産を持っているものだ。
2. Schloss Lichtenstein
Hohenzollernの城からそんなに遠くないところにある。”Schloss” もお城のひとつだが、こちらはどちらかといえば貴族が避暑に使う目的でつかわれるらしい。日本語では宮殿や王宮にあたる。ジュラ紀のころからの石がこのあたりで取れ、それが光るようにみえることから、光 (licht) と石 (stein) が組み合わさって、そういう名前になったらしい。
もともとはこのあたりを治めたLichtenstein候がここから500mほどいったところに城をたてたが、14世紀に今の場所にWurttemberg家が建てなおしたという。Lichtensteinの町は、谷間にあるが、ここは海抜700mで、城はさらに200mあがったところにある。
この城は基本的に中世の建築当時からずっと建っていたが、第二次世界大戦のときに連合軍の戦車が攻撃した際に塔を壊されている。「猟師達が酒を飲む部屋」というところの鏡にはその破片がぶつかったあとがある。なお、この部屋には貯蔵庫へつながる階段があり、さらにそこから隠し出口へと抜けられる。この隠し出口は外側から見ることができる。
この城の中にもチャペルがあり、その中の一角には死者をなだめる空間があり、赤い窓から差し込む光が永遠をあらわすのだという。この前京都に行ったときに光が差し込むと七色に光る障子や緑色っぽく光る障子があったのを思い出し、あれに似ていると思った。
この城に入ろうとしたら、休憩中となっていたので、駐車場の隣のレストランで昼飯を食べることにした。レストランに入ると力強い歌声が聞こえてくる。中高年の男性総勢20名ほどが全員青のトレーナーをきて、何か歌を唄っている。どうやったらあんな声が出せるのだろうと感心するくらい、腹のそこから声が出て、それが部屋を揺らすかと思うくらい迫力がある。しかもみんな座りながらこの声をだしている。2曲唄った後、彼らは出ていった。
閑散としたレストランの中で、ホットワインを飲んだ。赤ワインが暖められていて、その中に砂糖を入れて飲む。もともと甘い酒だが、さらに甘くなる。しかし雪がまだ残る山のてっぺんを歩き、冷え切った体を内部から温めるにはちょうどよい。サラダと牛肉を焼いてきったものと、卵焼きみたいな色をしたパスタのようなものを食べた。
3. Schloss Hohentubingen
Tubingenは25,000人の学生を擁するTubingen大学とともに栄える町である。人口の3倍の学生がいるというだけあって、歩いている人たちはみな若い。また、ドイツで最も古い大学であり、Eberhard候により1477年に開かれたらしい。この宮殿自体は16世紀のルネッサンス期にそれまでの城の廃墟の上に建てられたらしい。
ローマの凱旋門を模した門や、所々にのぞく装飾は確かに中世からの古めかしさを感じさせる。しかし現在大学の民俗学、古代史や文化に関する学問の研究場所になっているだけあって、ところどころに最近造られた、もしくは補修されたと思われる箇所が多数見られる。したがって、実際に今も使われているだけあって、前の二つの城に比べると歴史的な古めかしさや博物館的雰囲気というのはなく、今も生きた感じがする。
この城壁から見下ろせる町の様子が実にすばらしい。Neckar川が東西を流れ、その川に沿って、北側に古い家々が並び、南側はプラタナの並木道になっている。北側は斜面になっていて、古い家々の並びがそのままこっちのほうにきて、頂上付近にこの城と教会、それに旧市庁舎がある。南側も並木道の向こう側に学校や駅があり、家々も立ち並ぶ。ゲーテもこの町を愛したといい、最初の著作はここで生まれたのだという。
この町は住むのに人気が高いというが、自分にとっては住む気にならない。こんな素敵な町が日常化してしまうことが怖い。それよりもちょっとたまに来て、町の雰囲気を楽しむというほうがよさそうである。