日興証券新宿支店にて、今までためてきたお金をおろした。るいとうという商品を買い、毎月少しずつためてきたものだ。当初に比べて東京電力の株価が下がったため、振り込んだお金に比べて1万円ほど少ないのは不服だった。しかし文句を言っていても始まらないので、受け取ってすぐに成田に向かった。
洗剤と腹巻き財布を買う予定だったが、成田空港につくと時間がなく、搭乗30分前だったので、その暇がなく、結局買えなかった。まあなんとかなるだろう。
さてバンコクについた。とにかく蒸し暑い。日本の真夏のようである。しかしBangkok International Airportはきれいで、真夜中12時近くということで人も少なかった。成田空港よりもずっと快適な空港だ。 ImmigrationとCustomを難なく通り抜けるとすぐにExchangeがみえた。まずさしあたって財布の中にあった3万4千円をかえることにした。 1円=3.4バーツはまあまあかと思った。そのあとでまずはとりあえず地図を探したがなかなかみつからない。あきらめてシャトルバスを探すがこれも見つからない。しょうがないのでタクシーを利用することにする。
Kaosan Roadに行けばどこか泊まるところが見つかるだろうと期待していたが、あまかった。途中までアメリカ人と思われる白人女性と一緒にさがしたがすべて fullだった。しょうがないので一人でぶらぶらと探そうとするが、やはり全て満杯である。It’s like everybody is in Bangkok. (みんなバンコクにいるみたい)といっていたその女性のことばが頭に響いていた。ぐるっと一周回ってKaosan Roadにもどると、tuk tukという三輪車にのったおじさんがWhere are you going?とたずねてきた。ホテルを探していることを告げると、New World Houseというホテルへつれていってくれるという。なんだかよくわからないが、550バーツで泊まれるという。まあいいかと思い、その三輪車にのる。
三輪車は風がびゅーびゅー肌をとおりぬけてきもちがいい。このころにはコートとセーターと長袖シャツを脱いでいたがホテルを探すのにかいた汗が一気に蒸発する思いだった。道中でマッサージに行かないかといわれたが、とりあえずいまのところは興味ないので断った。
さてホテルにつくと、日本人が3人いた。おそらくこの時期この辺りをぶらぶらしているのは日本人とアメリカ人が多数なのかも知れない。それはともかくとして、フロントであいている部屋はないかと尋ねると、440バーツの部屋があるという。おおしめたと思い、チェックインした。
その440バーツの部屋でこれを書いているが、ベッドがなぜか三つもある。その上やたらと広いし、バスルーム、物干しざおまである。何回か研究の関係で、文部省がきりもりしている筑波の高エネルギー研究所というところのの宿舎にいったが、そこよりもはるかにいい(もっともあそこは確か800円くらいだったが。どっちにしろ、ふつうの日本の宿泊施設よりは安いので文句は言えない)。持ってきたお金のチェックをして、メールのチェックをしようとした。やはりバンコクの中でも高い方のホテルなのだろうか、ちゃんと電話回線がきている。これでメールをチェックした後、寝ることにした。



