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使えないレッドカーペットクラブ

朝起きて胃の調子は幾分かは良くなったものの、全体として体調がよくありません。ビュッフェスタイルの朝食で、果物とご飯とみそ汁と梅干しと納豆をとり、チェックアウトして金浦空港に向かいました。

金浦空港では、アシアナ航空がスターアライアンスと言うことでこの出張直前に購入したユナイテッド航空のレッドカーペットクラブのメンバーシップが使えるかと期待していましたが、メンバーシップを証明するカードがないとダメだと言うことで、断られてしまいました。

ということで、レッドカーペットクラブに7万マイルもつかったのですが、この旅行では一回も使うことなく、帰ってきてしまいました。次回使えることに期待したいです。

家に帰ってきても調子が悪いので、そのあとゆっくり寝ることにしました。本当に食べ物にあたると言うのは怖いものです。気をつけたいと思いました。

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ソウル観光


本当は土曜日に羽田に帰りたかったのですが、なぜかこの週末はフライトがものすごく込んでいて、日曜日に飛ぶ分しかとれませんでした。よって、観光をすることにしました。前回訪問時は東大門、南大門、明洞などを観光したので、違うところに行ってみたいと思って地図を眺めてみると、そういえばまだ景福宮にいっておらず、また前回勧められた仁寺洞にも行っていません。ということで、それらの地に行ってみることにしました。


景福宮に着いてから案内パンフレットを見ると、この宮殿は文禄の役の際に日本軍に破壊され、19世紀前半に復元されたものの、その後日本の占領時に日本総督府によって破壊されたということです。これを素直に読むと、日本というのはとんでもないなという気になってきます。しかし、明治時代、政府は「脱亞入欧」と称して日本古来の古いものを西洋の近代的なものに取り替える作業をしていて、たとえば日本各地にあった城を片っ端から壊していったということがありますので、その一環として、景福宮も壊してしまったのでしょう。また、この敷地内の光化門が朝鮮戦争のときの爆撃で破壊されていると言うことで、いずれにせよ、戦争と言うものはなるべくなくなってほしいものですし、人類史上何度かあった、過去の遺産を破壊すると言う行為もなるべく起きてほしくないものです。


しばらく景福宮内をうろうろした後、11時から始まる英語での無料ツアーに参加してみました。解説を聞いてみると、結構興味深いことが学べました。当時の王様は大変な激務をこなさなければならず、基本的に休みはなし、起床は朝の4時ごろで就寝は夜中の12時ごろ、そのためか歴代の王の平均寿命は46歳ということだそうです。南北に大きな通路が設けられていて、真ん中が王様など偉い人が通る道、右側が文官の通る道、左側が軍人の通る道だったということで、これを破ったものは100たたきの計にあったそうです。建物の配置は陰陽五行と十二子を考慮してなされており、王を守るように、王の長寿を祈るように守護神の像がおかれているということです。(その割には、王が短命がちで、何度もこの王宮が破壊されていると言うのは皮肉といわざるをえません)


各宮殿は廊下で結ばれていたのですが、日本政府によって破壊されてしまい、以後少しずつ各建物が復旧されていてもいまだにつながっていないと言うことです。また、王が普段生活する建物にはオンドルが供えてあり、床に座って執務をこなすことが多かったようです。


オンドルは建物の下に石で作った通路を設け、建物の脇から火をおこし、その通路を暖かい空気が流れるようにしていたそうで、建物の横の方には煙を逃がす煙突のようなものもありました。


1時間くらいのツアーのあと、博物館に行き、朝鮮半島の歴史について勉強してみました。特に印象深かったのがグーテンベルグよりも先に活版印刷が行われていたと言うことで、展示してあった印刷器具や印刷物でした。最初は木版ですっていたものがやがて金属に変わっていく様子のほか、その後世宋によって作られたハングルと漢字を両方印刷して、当時の人々にハングルの普及を促した印刷物などは大変興味深いものでした。


博物館をでて、仁寺洞に行き、石焼ビビンバを昼食にたべました。その後歩行者天国となった仁寺洞のとおりをうろうろし、適当に目に付いた食べ物を食べていきました。900ウォンのお菓子や、くるみとあんこの入ったお菓子や、かぼちゃのおかゆを食べたりしました。


が、これが裏目に出たのか、徐々に胃の調子が悪くなって、自分の体が弱まっていくのがわかりました。そういえば昨日、ホテルの近くのマッサージ屋で受けたマッサージが痛かったので、体にダメージを食らっているためか、体の節々が痛くなってくるのか、それとも食あたりがおきて、体に変化が現れているのかわからなくなり、気分も悪くなってきたのでホテルに帰って寝ることにしました。調子に乗っていた罰が当たったのでしょう。

アサダマオ、キムメダル、コッソクドロ


今日、韓国語の会話から自分でも聞き取れたのがこれらの単語でした。キムヨナ選手が金メダルを取ったときは、韓国のオフィスにいて、会議室の向こう側から拍手が聞こえてきました。その後タクシーに乗ったときや、夕食にレストランに行ったときについていたテレビに彼女の演技および金メダルを受け取るところシーンが何度も繰り返し報じられていました。

タクシーで移動するときに、「キムメダル」とか「コッソクドロ」というような発音が聞こえてきました。一緒にいた社員の人たちに「なんだこれらの単語は日本語と同じだよ」と言うと、日本語を習ったことのある一人が韓国語と日本語でほとんど同じ発音の単語が結構あると言うことでした。まあ日本人が明治時代に西欧から導入した社会とか経済とかそんな単語が中国でも使われているくらいなので、歴史を考えるとこうした単語の音読みがそのまま韓国語で使われているのかもしれないと思いました。


夕食後、ホテルから道を隔てた向こう側のカフェでコーヒーを飲んでいたら、隣のカップルから「アサダマオ」という発音だけ聞こえてきました。浅田真央選手は韓国の同僚によるとキムヨナ選手よりもかわいいと言う人も結構多いらしく、その同僚自身も「俺はキムヨナよりもアサダマオのほうが好きだ」と言っていました。このときふと思ったのですが、韓国語では「マオアサダ」ではなく「アサダマオ」と日本語と同じ姓名の順なんだということを改めて思い出しました。

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ソウル出張


12月初旬から2ヵ月半たってまた韓国に出張に来ました。濃霧のため、8時20分の出発予定が9時過ぎの出発になりましたが、報道によると欠航便があったということで、とんだだけでもよかったようです。

昨年までユナイテッドの Premier Executive のステータスを持っていたので、国際便なら各空港のラウンジが使えて便利だったのですが、昨年はフライトマイルがすくなく、その地位をキープすることができませんでした。何十万マイルもマイルをためっぱなしにするのはもったいないので、7万マイルをはたいてユナイテッドの Red Carpet Club に加入し、羽田空港のラウンジが利用できるかと思っていたら、スターアライアンスメンバーはゴールド以上のステータス、つまり UA では Premier Executive のステータスがないとだめだということでした。

ということで、12月の出張時とは違って、待ち合わせの時間にラウンジが使えず、せっかくの Red Carpet Club のステータスは持ち腐れとなってしまいました。今度羽田空港の国際ターミナルが新規オープンする際は、使えるようになっていてほしいものです。


ソウルに着いたら思ったよりも暖かく、コートを脱がないと汗が出るくらいでした。

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帰国


日本に帰ってきました。今回の出張中に気づいたことを書いておきます。

日本人の若者の旅行者が激減した

10年程前のこの時期なら、海外の各空港でよく日本人の若者が見られたものですが、今回はすっかり見られなくなったことに気づきました。その一方で、中高年のおじさま、おばさまの姿が目立ちました。

まあ時期と場所も関係あるのかもしれませんが、いろいろな要素があるのかもしれません。パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)でも触れられているように、若者にとって日本が居心地がよくなって、外に出る必要性がなくなったとか、経済的に苦しくなって、海外旅行に行く余裕もないとかといった要因が考えられるでしょうか。

南仏はこの時期寒い

滞在していた場所は、最高気温は10度くらい、最低気温は0度前後でした。今すんでいる横浜市の山の中とあまり変わらないです。まあ温暖と言われていても、やはりアルプスに近いところだと、この時期は寒くなるようです。

スイス航空はなかなかよい

行きの飛行機は混んでいてじっと自分の座席に座らざるを得ず、座席の座り心地を書きましたが、実はサービス全体としては結構よいと思いました。Airbus A340-300 の新しい機体はエンジン音もそんなにうるさくなく、液晶 TV では、オンデマンドで映画が見られ、搭乗後と着陸前の食事以外にも、アイスクリームが出たり、おにぎりが出たりして、おまけに着陸直前にはチョコレートが有名なスイスということでチョコが振る舞われたりと、なにかと好感なサービスが提供されていました。なお、帰りの便は空いていて、窓側の二席を自分一人で使うことができて、快適に過ごせました。

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出演者が英語で歌っているドイツのテレビ番組「渋谷」を南仏で視聴

何気なくテレビのチャンネルをつけてみたら、司会者がドイツ語をしゃべっている番組でした。やがて、「渋谷」とか「カラオケ」とか「Shibuya」という文字列がスタジオのセットに見えてきました。そうこうするうちに出演者が英語で歌い始めました。一応南仏にいるはずなのですが、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなりました。

カンヌ

今日は昨日と違って冷え込み、午前中雪がちらほら舞っていました。しかしこうした中でもホテルにはじっとしておられず、もうひとつの有名な町、カンヌに行くことにしました。


カンヌと言えば、国際映画祭で有名なところですが、風光明媚な海沿いの町と言う点では、カリフォルニアのカーメルに近い感じがしました。(そういえばカーメルはクリント・イーストウッドが市長をやっていたところですが、彼がカーメルの街づくりにカンヌを参考にしたかと思ったら、任期が2年しかないので、そういうわけでもなさそうです)着いたときは雨上がり直後だったようで、うす曇だったのですが、徐々に晴れていきました。


しばらくうろうろした後、昼ごはんは、タクシーの運転手に進められた BRUN という店でシーフードを食べました。スズキを蒸したものにバターソースと野菜が盛られていて、大変おいしく、今まで食べたフランス料理のシーフードの中でも一番といってもいいくらいでした。実は今まで食べたフランス料理のシーフードがことごとく肉料理みたいな味付けでがっかりしていただけに、うれしかったです。デザートのカラメルソースのかかったプリンもおいしくいただけました。


その後、高台の上にある教会に行き、町を上から眺めました。このころにはすっかり空が晴れ渡っていました。


高台から降りた後、しばらく町を散策しました。


その後、タクシーの運転手がすすめてくれた、Antibes という小さな町にバスで行ってみました。片道30分の道のりが1ユーロなので、お得だと思いました。しかしバスの中で、どこのバス停につくかのアナウンスはなく、Antibes についてもしばらくそれがどこかわからず、だいぶ過ぎてから降りて、引き返すことになりました。


Antibes は小さな町です。こじんまりとしていますが、それなりにお金持ちが集まっている気配が感じられます。ただ、日曜日のせいか、どの店もレストランも休みで、夕食を取るのに手ごろそうな店は見つかりませんでした。そこで、バスに乗ってカンヌに戻ることにしました。


夕食は、La Pizza というフランスについた翌日にラビオリを食べたところで今度はピザを食べました。チーズがあるとおなかにずっしりくるので、チーズを抜いてもらいましたが、生地とツナがうまくからみあって、おいしかったです。また、デザートのティラミスも絶品で、さすがだと思いました。このレストランで特徴的なのは、皿などの下に敷く紙の上に注文を書いていくことで、会計のときにはその部分を切り抜いてレジにもって行きます。

夕食後、タクシーを捕まえてホテルに帰りました。念のため、平日によく頼っていたレストランとスーパーを見てみると、まだ8時前ですが、閉まっていました。あらためて遠出しておいてよかったと思いました。

ニース

土曜日ということで、休みの日にボーっとホテルにとどまるのももったいないので、観光に出かけることにしました。近くの大都市といえば、ニースなので、行ってみることにしました。公共の交通手段といえば、バスしかないのですが、どうも土曜日は運行していないということらしいので、タクシーを利用することにしました。車で2,30分の距離で、片道60ユーロくらいでしたが、レンタカーを借りても保険等を考えるとそのくらいの料金がかかるし、何よりもなれていないフランスの道路をフランス語の表示を見ながら走るというのは危険が伴うので、妥当な判断だと考えました。

ニースの市街に入るにつれて、右側に海が見えてきました。初めて間近に見る地中海は、波が立って荒々しかったですが、透明度は高く、波しぶきの間にエメラルドグリーンのきれいな色が見えて、入りたい気分になってきました。すると運転手がそれを見透かしたかのようなタイミングで「今日は波が高いからこんな日に中に入るのは非常に危険だ」と言ってきました。


市の中心部でおろしてもらい、60ユーロを払うと、まずは海岸沿いに出てみました。寒い冬と言えども結構な数の人々が海岸でくつろいでいます。夏になればきっとあたりを埋め尽くさんばかりの人手なのでしょう。


さっき車が止まったあたりは、サルヤ広場というところで、市場が立っていました。花や農産物が売られており、アメリカのファーマーズマーケットではあまり見られないもの、たとえば乾燥した香料や、ドライフルーツなどが充実していました。


海沿いの町と言うことで、シーフードもありました。


有機栽培で育てられた作物を売るブースもちゃんとありました。


1ブロックはなれたアレクサンドル・マリ通り沿いの広場では、古本位置も開かれており、日本の漫画がフランス語に訳されたものも売られていました。



町をぶらついてみると、いかにも地中海っぽい、赤やオレンジや黄色っぽい色調のビルが多く見られます。


細い路地を歩き回った後、シャトー公園へと向かいました。


シャトー公園はもともとは城も備えた要塞で、地中海からやってくる船を見るにも地上の敵襲を見るにも最適な立地で、紀元前3世紀ごろから軍事施設が建てられていたようです。しかし時代が進むにつれ、軍事的な目的が失われ、ルイ14世のときに城が壊されたのち、公園と墓場に変わっていったと言うことです。中世には城砦だったこの場所も、19世紀には滝が作られました。


確かにこの高台から見ると、さまざまな方面の景色がよく見えます。


公園を出てから市内をぶらぶらしました。


昼食はさっきの古本市のあった場所で取りました。写真のパスタは味付けがシンプルで、ムール貝のおいしさとパスタのもちもち感がよくマッチしていました。場所柄か、こちらで食べるパスタのもちもち感はとてもよいです。


ただ、デザートにとおもってチーズケーキを頼んだつもりが、写真のチーズが出てきました。ブルーチーズが苦手なので、ほとんど食べられませんでした。


町を歩いていると、ところどころに絵を描いているアーチストや、アートギャラリーがちらほら見られました。


陽が落ちてくるにつれて、ニースの商業地区にも行ってみました。さすがにこの辺では一番の大都市だけあって、土曜日の午後は多くの人出でにぎわっています。


夕暮れ時のニースもいいものです。

夕食は、ご飯が恋しくなったので、中華料理屋で取ってその後帰りました。

フランス出張三日目

泊まっているホテルの朝食が、コンチネンタルブレークファーストで、どうも内容が芳しくないので、近くのスーパーマーケットに買出しに行きました。

面白い看板や、包装を見つけました。


相撲取りをかたどっています。

日本で買うと高いチコリコーヒーです。


日本やアメリカでは物議をかもすようなパッケージです。

全体として、食料品はかなり安いという印象を受けました。たとえば牛乳一リットルが1.25ユーロとか、富士りんごが1kgで2.5ユーロとか、ピーナッツが袋に入れられて200gで、49セントとかいうような感じです。

これから日本が先進国の中でもいわゆる「普通の国」となり、平均年収も先進国各国に比べて高かったものが、どんどん低くなっていくことが目に見えています。そんな中、食料品の値段がほかの国に比べて高いのは、国民全体にとって大きな痛手になると感じました。

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フランス出張二日目


ニースから2時間ほど走ったところにある、Isola というスキーリゾートに行きました。



午前中は、年度初めのミーティング、午後は氷上ゴーカートとスノーモービルによるレクでした。




ゴーカートは大人になってからは初めてで、しかも氷上ということで初め緊張しましたが、すぐになれました。スノーモービルは人生で初めての経験でしたが、こちらも走ってしばらくしてからなれました。ただ、カーブ時の体重移動や、アクセルの握り具合になれないうちはコースからはみ出したり、坂道でふかして穴を掘ったりして、失敗しました。


夕飯は、カンヌまで行って、イタリアンレストランでラビオリを食べました。

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