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  • ニースのクリスマス飾り

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    夕方、ニースに出て、クリスマス飾りを楽しんできました。

    このところ、夕方4時半くらいになるとすっかり暗くなり、クリスマス飾りがきらびやかに闇の中に浮かび上がります。


    いつも多くの人々でにぎわうマセナ広場ですが、このシーズンは一段と盛り上がっています。


    出店もたくさん出ています。


    それにしても、よく欧米の町でよく見かけるのがこのさらし首の仏さまです。別に熱心な仏教徒というわけでもないですが、やはり仏さまを首だけちょん切ってデコレーションとしておいておくというのは見てて気分が良くないものです。


    出店の生ガキとクレープを食べてみました。生ガキはカリフォルニアで食べたものに比べるとちょっと味が薄い気がしました。一方、クレープは飛び上がるほどおいしく、さすがフランスだと思いました。


    小さいながらもスケートリンクもあったり、観覧車もあったりと、家族総出で楽しむ人々や観光客も多数見られました。

  • 第一回日本冬まつり

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    ニース日本人会による第一回日本冬まつりに行ってみました。ただ、行くまでにかなり苦労しました。

    がんばれ日本 ! courage,Japon! ARJNCA
    http://nicenihonjinkai06.blogspot.com/2011/11/1211-fete-dhiver-japonaise-dimanche-11.html

    カーナビに住所を入力して、たどり着いたところにはそれらしいものが何も見えず、とりあえず600mほど離れた公共駐車場に車を停め、うろうろしてみましたが、結局何も見つかりませんでした。再び車に戻って、よくよく住所を見ると、どうも学校で行われているようなので、今度は “Points of Interest” つまり、街中の目標物と言うメニューから、学校の名前を入力すると、ようやくそれらしい場所までたどり着くことができました。この間、約1時間かかってしまいました。

    会場に着くと、たくさんの地元の皆さんでにぎわっていて、日本人の姿はかなり少なく感じられました。お腹が空いていたので、いもようかんとマフィンを購入させていただいて、食べた後、会場内を歩いてまわってみました。着付け教室、書道教室、折り紙教室、けん玉やおはじきや輪投げや独楽などの伝統的なおもちゃの展示などがあり、どこも地元のフランス人の人たちでにぎわっていました。

    もともと東日本大震災で被災した日本を応援しようという趣旨のもと、今年から催されたイベントで、売り上げの一部は復興支援を進める日本の NPO
    団体に寄付されるということです。こちらの日本人会の方々と知り合って、右も左もわからない自分たちに必要な情報を教えていただこうとも思っていましたが、どうもそういうネットワーキングの場ではなさそうなので、テーブルにおいてあったフランス在住日本人向けの情報誌や地元のレストランの名刺をいただいた後、帰ることにしました。こういう時に、自分たちが何の貢献もできないというのは無力感を感じ、非常に残念ですが、あまりウロウロとしてかえって邪魔になるよりはよかろうと考えました。また落ち着いて、自分たちが貢献できるようになったら、お手伝いさせていただきたいと思います。

  • アンティーブ散策

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    午前中に滞在中のホテルを出た後、アンティーブの中心部へと行きました。


    車を停めた後、市場に行き、野菜やマカロンやソッカ (socca) と呼ばれる食べ物を買ってみました。


    ソッカはお好み焼きの生地だけみたいなものを薄くクレープ状に焼いて、それに塩などをまぶした素朴な食べ物ですが、これが古くからの伝統的な味わいという感じがして、おいしいのです。


    昼食は、アンティーブの浜辺でおにぎりを食べました。ここでさっき買ったみかんとマカロンも食べました。マカロンは、日本にいるときも何回か食べましたが、やはり本場のものは美味しいです。


    午後は、昨日のアパート探しの際に結構気に入った、3番目の物件の近くに車を停めて、ここからアンティーブダウンタウンまで歩いてみました。この物件は、太陽光のあたり方や、庭のつくりが以前すんでいた北カリフォルニアをほうふつとさせ、物件としては気に入っているのですが、町の中心から遠く、そこが気になる点です。


    実際に歩いてみると、アンティーブの駅までは15分、アンティーブの町中にあるアジアンスーパーマーケットまではそこからさらに5分といったところでしょうか。これなら徒歩圏内に自分たちが必要と思われる活動拠点がおさまっていそうです。

    アジアンスーパーマーケットは、日本、韓国、中国、タイ、インド、ベトナムなどの国々の食材が多数そろっています。うれしいことに米、味噌、納豆、醤油、酢、などもそろっています。納豆などは日本にいるときの6倍くらいしますが、それでもここで手に入るとは実にありがたいです。味噌はあまり高くなく、日本のスーパーでちょっと高めの味噌ならこのくらいの値段ではないかという感じです。

    こういうところにくると、改めて以前すんでいた北カリフォルニアの便利さを思い知らされます。ありとあらゆる日本の食材がそろう上、100円ショップのダイソーもあり、100円ではなく、$1.5 でしたが、なんでも買えるので本当に便利でした。

    アンティーブの町中には、漫画屋もあります。アメリカンコミックみたいなのや、日本の漫画が置かれています。日本の漫画はちゃんと吹き出しや擬音語、擬態語までフランス語に訳されています。これは自分たちがフランス語を勉強するのにちょうどいいと考え、キャプテン翼の8巻と9巻が置いてあったのを発見し、買うことにしました。

  • アパート探し

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    アンティーブという町でアパートを探しました。7件まわってみましたが、どれも決め手に欠けます。

    ある物件は、南からの太陽の光が注ぎ込んで、それだけでエネルギーをもらえて元気になる気がします。ただ懸念されるのは、アンティーブの町の中心から離れていて、ちょっとした買い物や何かお使いをする際にどのくらい時間がかかるかがわからないということです。


    別の物件では、町の中心の便利なところにあるものも何件か見ましたが、交通量が多くて道路からの騒音が結構聞こえてくることが気になります。

    ある物件は、カウンターキッチンでオーブンや冷蔵庫も既にそろっていて、キッチンだけ見るとかなりの充実ぶりでしたし、騒音も抑えられていました。しかし、バスタブがなく、これはちょっと残念だと感じました。

    なかなかドンピシャで選べる物件を探し出すというのは難しいことです。もうちょっと探してみたいと思います。

  • 藤子・F・ミュージアム

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    12月2日はドラミちゃんの誕生日であり、金曜日はテレビ朝日にてドラえもんを放映している日です。そこで、川崎市にある藤子・F・ミュージアムに行ってきました。


    もちろん、ドラえもんやオバケのQ太郎などの児童漫画を産み出した藤本弘先生のことを専門的に扱ったミュージアムなので、子供向けの展示もたくさんあります。


    しかし、むしろ幼少期を70年代から80年代に過ごした、今の自分たちの世代が一番喜ぶようなつくりになっていると思いました。実際に、訪れている人々も20代から30代の人々が大半を占めていました。

    ドラえもんなどのおなじみの作品の第一話や、それらの作品が生まれるまでのストーリーの紹介、藤本弘先生の仕事場の様子などは当然のように展示されていますが、それ以外にも、様々な見どころがありました。


    土手に寝っ転がるパーマン1号および2号、のび太の恐竜の一場面を表した小さな池など、屋外の展示もなかなかです。山の斜面をよく見ると、一巻の一番最後に出てきたウマタケが刺さっていたり、大長編映画でもおなじみのキャンピングカプセルがあったりします。


    屋外には有名な「きれいなジャイアン」もあります。もっともきれいなジャイアンを出すためには、やはりある程度の努力がいるようです。


    カフェテリアも必須の場所です。藤子ファンにはたまらないメニューとキャラクターつきの小物がなんともいえません。

    一番心に残っているのが、おそらく1980年代なかばに収録されたと思われる、手塚先生から藤子不二雄両氏への言葉です。コンビがまだ高校生だった頃に、手塚先生を訪ね、自分たちの漫画を巨匠に見てもらったところ、手塚氏は「いいね」とは言ったものの、じつは「すごい人が来た」という衝撃のあまり、その後しばらくの間、漫画が描けなくなったというくらい、インパクトのある出会いだったようです。

    その作品、ベンハーのオリジナル原稿も展示されていますが、とても高校生が描いたものとは思えないほどの素晴らしい出来栄えです。

    ほんの数時間の滞在でしたが、一瞬タイムマシンに乗って昔に帰ったような思いに浸ることができました。

  • よく考えると理解できない略し方の例

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    昨日駅で電車を待っていたら、目の前の看板の裏側に


    H.21.12

    と書かれていました。この看板は平成21年12月に設置されたということなのでしょう。

    ふと考えてみると、大変おかしいのではないかと思いました。「平成」と日本の年号を略すのなら、「平」とか、「へ」とか、日本語の文字を使えば良いのに、なぜ、ローマ字を使うのでしょうか。

    「平成」などとしてしまうと、手間もかかるし、インクがもったいないから、というのであれば、西暦にして、二桁表示にしてしまうという手もあります。あるいは、省略するということを伝えたいのなら、アポストロフィーをつけるという手もあります。

    どういう思想で、ローマ字の H を使って平成という意味を表そうとしているのか、考えてもわかりませんでした。まあ当事者に言わせれば、前からこうなっているからこうやっているんだとでも言うような答えが返ってくるのかもしれません。

  • IT 化を進められない日本の中央集権体制

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    大学時代の友人から、下記のようなリンクを教えてもらいました。野口悠紀雄が日本の IT の状況を中央集権的でメインフレームみたいだと評しています。

    日本のITは20年間進化していない──野口悠紀雄が語る
    http://ascii.jp/elem/000/000/151/151210/

    この記事は2008年7月のものですが、それから3年が経った今でも十分に通じる議論だと思います。日本の社会構造が未だに中央集権的であり、この20年の間に「地方分権」や「道州制」といった言葉が現れてはいるものの、結果的には地方の過疎化が進み、東京都の特に23区内の人口が増えるという現象が起きているという結果は、分散化が進むよりもむしろ中央集権化がかえって進んでいるということなのかもしれません。その間に中央集権体制でトップダウンの指示のもと、巨額な投資を行ってきた液晶テレビや携帯電話のメーカーが市場から撤退するという結果もでてしまっています。

    この中央集権体制は日本の様々な組織や社会構造にも存在しており、政治体制はもちろん、著名な大企業をトップとする系列構造や、大学の序列や、マスコミの体制など、随所に見られます。残念ながら意思決定メカニズムもこの中央集権体制になってしまっており、記事にもあるように新しい IT 関連の支出を決めるのは年をとった中央の役人や企業トップであり、彼らが理解できない、または若者の下克上を恐れるために、最新のハードウェアやソフトウェアへの投資が遅れてしまい、さらに日本企業の競争力が海外の企業に比べて弱まってしまうという結果につながっています。

    日本企業の IT 化というのは思ったより進んでいません。メインフレームや PC があるならまだまともな方で、業務を紙で行っているところが無数にあります。たとえば、企業を訪問して、最初に訪れるのが受付ですが、欧米や韓国でそれなりに著名な企業を訪問すれば、受付の人たちは端末で訪問者を照合し、必要とあればパスポートや ID カードの提示を求め、それから入館のためのバッジやカードを渡してくれます。ところが日本企業でこうした体制をとっている会社は、皆無と言っていいくらいです。

    各業務も紙で印刷したものが正として扱われ、PC はその紙の印刷物を作成するためのツールとして使われてしまっています。本来ならそこまでできればあとはそのデータをネットワークでつなぎ、サーバー・クライアント環境が構築できるはずです。事実、つながっている部署がほとんどです。しかしながら、最後の承認や稟議にハンコがいるために紙ベースの仕事になってしまうということがよく起きています。記事でもあるように、IT が、電気や水道と同じように一般化して誰でも使えるインフラとしての汎用技術 (ジェネラルパーパス・テクノロジー: General Purpose Technology) になっていない側面です。

    電気と言えば、震災の時に「想定外」という言葉が頻繁に出ましたが、これは裏を返せば普段よく考えていなかったということで、中央集権体制の弊害だったのかもしれません。何でもかんでも組織のトップ、ピラミッド構造の上の方のお伺いを立てなければ行動できないという考え方に慣れきってしまったがための言葉なのかもしれません。それを象徴的に表すのが、野口氏の次の言葉です。

    「政府がどうしたらよいか」という発想自体がおかしいと、私は思います。それは、個々の企業が考えればよいことで、政府が考えて旗をふってやる話ではない。こういう問題を議論していると、必ず「みんなで力をあわせて」という話になる。そうした発想から抜け出せないと、日本に未来はありません。

    こうした発想は要するに思考停止であり、自分で何も考えていないと同じです。

    この年、2008年から始まったとされる不景気の原因が、「リーマンショック」とされていますが、日本では2008年9月に突然リーマンショックという現象が起きて、それから急に景気が悪くなり今に至るという見方がされがちです。ところが実際にはアメリカの景気はこの時までにかなり悪くなっていて、2007年に明確化してきたサブプライムローン問題が住宅バブルをはじけさせ、消費活動が低迷し、企業の業績も悪化していました。分散型の社会構造ができていれば、各ノード (下部組織) からの情報をもとに適切な対応がとられていたのかもしれません。しかし、中央集権的な日本社会ではそういった現象がとらえられず、結果的に市場や現場で起きていることをトップが適切に把握し、判断することができずに、「ショックだ」と一斉に慌てふためくことになりました。

    「クラウド」という言葉も当時は今ほど使われていませんでしたが、この記事の後編ではちゃんとでてきています。「ソーシャル」という言葉はないものの、今では日本でもだいぶ会員数が増えている Facebook のことにも触れられており、今から読んでみると時代を先取りしていたお二方の対談だったのだと改めて感じます。

    中央集権と分散の考え方の延長で言うと、クラウドというのはいつでもどこでも自分が欲しい情報や自分で編集した途中経過でさえにもアクセスできるという点において、より民主的で、開放的です。すなわち、中央集権体制下の免許更新であれば、役所に出向いて免許を更新しなければなりませんが、ある程度分散されてサーバー・クライアント型の環境であれば、各拠点に出向いて免許更新ができるはずですし、(この点、電気やガスや水道の支払いはコンビニでできるので、分散型と言えるのかもしれません) もしこれがクラウド環境であれば、自分の持っている PC やスマートフォンで、免許情報をもっておいて、いつでもどこでも簡単に更新できるということになるのかもしれません。もっとも、免許やパスポートのような重要書類をここまで開放してしまうと、セキュリティー上の弊害が出るのであまり積極的に進んでほしくない気もします。

    しかし、情報の把握、管理、編集、リリースなどをすべて個人に任せるという点を考えてみると、クラウド環境というのは、個人の自主性と自己管理能力と責任能力を問われるという点において、よりいっそう進んだ考え方であり、中央集権体制とはあまりなじまない環境であるというと言えます。そう考えると、今後クラウド環境の構築が進む分野は、役所の規制や監視がうるさくない分野であり、自主性や自己管理能力が求められる自由放任的な職場職場ではないかと予想されます。すなわちこれは、旧来の伝統と規律を重んじる日本企業では扱いづらいものなのかもしれないという気もします。

  • 昔と今のそっくり写真

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    写真家の Irina Werning という人が、いろいろな人々の過去の写真に対して、その当人に写真を撮った当時の服やポーズをまねさせ、さらには場所も光も背景もそっくりにして写し比べるという、バック・トゥ・ザ・フューチャー を彷彿とさせるような企画を行っています。

    BACK TO THE FUTURE 2 (2011)
    http://irinawerning.com/bttf2/back-to-the-future-2-2011/

    いくら背景や光源、服やポーズや髪型を同じにしようとしても、撮った当時と今との間にある時間の差異というのはやはり埋めがたく、それが写っている本人の表情の変化や、体型の変化にあらわれており、そこがまた面白い効果を生み出しています。

    ただ、次の写真は衝撃的で、ある意味強烈なメッセージを放っていると思いました。

    ベルリンの壁が無くなってしまったため、当時と同じ場所に立って同じポーズをしても、壁そのものが無くなってしまったため、二つの写真がそれぞれ別の写真のようにも見え、それが他の作品と並べられるといっそう際立って見えるという点が面白いです。

    ちょうど先日高校時代の同期会があったばかりなので、いっそうタイムリーな話題に感じられます。

  • 疲れていないのに言われると疲れてしまう「お疲れさま」

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    最近朝一番のタイミングで、出会った時や電話で、あいさつ代わりに「お疲れさまです」という人が多くなった気がします。アメリカに住み始める2003年よりも前にもそういう使い方をする人はいましたが、2009年に帰ってきてからしばらく観察してみてきても、やはり確実に増えている気がします。

    大辞林 – 物書堂という辞書で「おつかれさま」という言葉を調べてみると、

    仕事などの疲れをねぎらう時に使う語。仕事を終えて帰る人に対するあいさつの言葉としても用いる。

    とあります。自分のこの言葉に対する感覚はまさにこの通りで、一仕事終えて、疲れるまでしっかりやったという意味で、お互い良い仕事をしたという意味で発する言葉だと思います。英語でも何か終わった後に “Good work!” と言いあいますし、例えばサッカーの試合が終わった後ではこれが “Good game!” と言いあっており、work が game になりますが、根本は同じ思想で、「お互いよくやった」という感じの使われ方でした。

    ですので、朝一番のこれからまさに働くぞと意気込んだ時に「おつかれさまでーす」なんていわれると、がくっと拍子抜けする思いがします。疲れていないのに、この一言で疲れてしまうような気がします。

    やはり朝は「おはようございます」にしたいですし、それ以外の時間だったら「こんにちは」であるべきだし、陽が暮れたら「こんばんは」もしくはようやく「お疲れさま」が出てもいいのではと思います。まあただ、時差がある時のコミュニケーションも考えると、「こんにちは」が一番無難なのかもしれないと思います。

    などと思いながら、ググってみると、既に同様のことを考えておられる方がおられます。結構探してみると、いきなりのあいさつ代わりに「お疲れさま」ということに違和感を感じている人はいるのではとおもっていますが、どうでしょうか。

  • 粛々と勧められる防波堤の復旧

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    TPP の議論が熱くなる中、一気に増税が押し進められようとしています。そのお金が、どう使われるのかと思ったら、こういった事業にも使われるようです。ちょっと前の、ニューヨーク・タイムズの記事で、釜石市の世界一の規模を誇った防波堤を再建するという話です。

    Japan Revives a Sea Barrier That Failed to Hold
    http://nyti.ms/snfOMv

    日本についての批判的な記事を書くことで有名な、オオニシ氏による記事ということを差し置いても、1200億円以上の総事業費と約30年の歳月を費やして造られた防波堤があの津波を抑えきれず、8ヶ月前の釜石市がどうなったかは、映像や写真を見れば一目瞭然です。それなのに、もう一度あの「立派な」防波堤を復旧させようとする動きが政府と民間の力によって粛々と進み、予算取りも数週間のうちになされるのだそうです。

    どうも、再建の根拠が怪しいと思うのでググってみたところ、簡単に次のような提灯記事が出てきます。どちらも、独立行政法人、つまり官僚の天下り先である港湾空港技術研究所の調査結果を紹介しています。

    一定の効果はあった釜石の湾口防波堤
    http://www.nikkei.com/tech/news/article/g=96958A9C93819499E1E3E2E2948DE1E3E2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;da=96958A88889DE2E4E1E2E5E0E6E2E0E7E2E6E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2

    世界最深・釜石の防波堤、津波浸水6分遅らせる
    http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110402-OYT1T00753.htm

    ただ、上の日経の記事の方は、記者の渋谷和久氏が

    しかし、30年、1200億円もの年月と費用をかけ、ほかの都市よりは津波の浸水を抑えられたとはいえ被害は甚大だ。ハードによる津波対策の限界を示したとみることもできる。

    と結んでいるところは評価したいと思います。

    震災直後に、これをきっかけに日本が生まれ変わるのではという期待も上がりましたが、だんだんとその期待も薄れてきました。これだけの惨事が起きても、今まであったものを忠実にもとに戻そうという、恐ろしいくらいの現状維持の考え方には、無力感すら覚えてしまいます。