町を歩いていて交通標語のようなものをよく見かけるが、どこまで費用対効果があるのかわからない。車を運転していてかえって注意をそらしたり、気分を損なわせたりして、それこそ事故につながるのではないかと思わせるものもある。

ここにあるように、「ストップザ」というのもよく見かけるのだが本当に気分が悪くなるので即刻やめてもらいたい。○○の一つ覚えなのだろうか、何かにつけこの形式を使うのはみてて腹立たしい気分になるし、そもそもこういう立て看板がおいてあるだけでただでさえ雑然として汚らしい東京の町並みがいっそう見苦しくなる。自分が運転をしていたら、こういう立て看板に気をとらわれて、しばらく運転に集中できなくなり、それこそ事故に巻き込まれそうになる気がする。
文法的にはこの文脈で the は不要であり、もし本当に stop the deadly accident と the をつけるならば、たとえば、
She could have stopped the deadly accident if she had not drunk alcohol.
「彼女はお酒を飲んでいなければ、その事故を止められたかもしれない」
という言い方で使えるかもしれない。でも本来言葉の意味から考えて、事故を止めるということは不可能であり、事故を防ぐことなら可能である。なぜなら事故は起きるか起きないかのきわめてデジタルなものであり、途中で止まるものでは決してない。だから、上記の文も正しくなく、正確には、
She could have prevented the deadly accident if she had not drunk alcohol.
「彼女はお酒を飲んでいなければ、その事故を防げたかもしれない」
と書くべきである。実際、Google で、”stopped the deadly accident” と検索すると、そのフレーズがマッチする検索結果は皆無である。”prevented the deadly accident” なら、複数の事例が出てくる。すなわち、そもそも stop という単語は、accident に大して概念的に使えないはずである。
こういう言葉の使い方を全く吟味せずに、なんでもかんでも「ストップザ」の後に何かをくっつければ、その何かを止めたり防いだりできるような錯覚は、いろいろな意味で悲しくなる。すなわち、こうした安直なフレーズが
- 言葉の使い方が間違っている
- 日本の公権が間違った言葉の使い方を例示している
- 費用対効果が考えられていない
- 町の景観を損なっている
ということを物語っており、見ただけで頭の中をよぎってしまうので、不快な気分になる。

ちなみに、この後六本木の交差点に行ってみたら、待ち合わせによく使われていたアマンドが消えてなくなっていてショックを受けた。

不況といわれても、東京はどこかしら工事していて、変化が激しい。日枝神社にいったら、工事中のビルがにょきにょきとはえて出てきているのにびっくりした。