原子力発電所について見直しの気運が世界各地で高まっていますが、今回の福島での事故に対する当然の反応だと思います。ただ、メディアの報道やインターネット上の情報を通じて疑問に思っていることがあるので、ここで書いてみようと思います。
原子力発電に関して最も単純に考えると、大きく分けて二つの議論ができると思います。すなわち、今後も原子力発電を続けて行くか、それとも原子力発電をやめることにするかという議論です。
原子力発電を今後も続ける場合
今回、原子力発電についての困難や注意点や反省点が多数浮かび上がりました。特に多く見られるが、設計時に考えられなかった事態に見舞われたとか、多重の安全機構が全て働かなくなったという「想定外」の事故です。また、放射線や放射能についての知識や理解の不足による帰結として、おととい三人が被爆してしまった事故や、混乱を招くマスメディアによる発表、さらには風評被害が拡大するといった事態が発生してしまっています。
そこで提案なのですが、今後原子力発電を日本で行って行くのであれば、義務教育で原子力発電に関する必要知識を必修にするというのはどうでしょうか。すなわち、質量とエネルギーの等価関係から始めて、核分裂や連鎖反応も学習し、さらには放射線と放射能の基礎知識を学ぶとともに、原子力発電の仕組みを材料と生成物もあわせて理解し、環境や子孫に与える影響や、原子力発電に関する開発や維持および破棄のコストまで考えて行くのです。
現実問題として、今我々がたよっている原子力というのは、たとえ今この瞬間に発電をやめて使用を停止したとしても、使用済み核燃料や放射性物質を子々孫々残して行ってしまうわけです。たとえばプルトニウムなどは半減期が3万年近くあることから、我々の子孫はこれから数万年に渡ってプルトニウムの放射能とつきあって行かざるを得ないわけです。
また、次から次へと検出される放射性物質について、マスメディアでいろいろと騒がれていますが、実はいま食品や水から見つかっている量であれば、身体に害を与えるほどではないと言うことが統計学的に示されており、むしろタバコや大気汚染の方がよっぽど危険です。こうした理解は原子力発電を行って行く上では、誰しもが必要なことではないでしょうか。
もし、原子力を今後も使って行くということに決めるのならば、イデオロギーの話は抜きにして、義務教育の段階で正しい知識が学べるようにすべきではないかと思います。
原子力発電をやめる場合
一方、原子力発電をやめるとした場合でも、上記に示したように既に放射線物質によって汚染された器具や施設や放射性物質そのものが存在する以上、それらの扱いについて正しい知識とノウハウを後世に伝えて行く義務は我々がおっていると思います。
その上で現状三割以上の電気の供給を原子力に頼っている現実も見なければなりません。原子力発電をやめるとなると、その三割の電気の使用を減らす手だてか、もしくは代替手段を考えなければなりません。電気の使用を減らすならば、例えば国レベルでは全国の全ての信号機とトンネル照明を LED に変更するとか、照明施設はできるだけ太陽光を使うよう規制したり派手なネオンや広告そのものを禁止にしたりしまうとか、エコポイントのような取り組みにより、消費電力の高い旧式の家電を消費電力の少ない最新のものにかえる気運を高めるとか、電気料金そのものを高くしてしまうとかいったような取り組みが必要でしょう。
一方、原子力発電に変わる手段を探るという点に関しては、地熱や太陽光や風力を使った発電能力を高めるとか、今は研究段階にあるメタンハイドレートによる発電の実用化のめどを早急に立たせるとか、都市全体としてスマート化やコジェネレーションによる各拠点や施設での積極的な発電を目指すとかいったような総合的な施策が必要でしょう。
今のメディアの報道を見ていると、特に日本では福島第一原発の動向が逐次報道されていますが、本当は上記のような視点に立ち返って、そもそも原子力発電とどうつきあっていくかを見極めて行く議論があってもよいのではと思います。個人的な意見としては、現在の電力会社を頂点とする組織体勢や、現場とマネージメントの乖離、国民の教育状況、そもそも原子力のことをわかっていない人が現場を任せられていると言う現状、事故発生時の対応の困難さ、などを考えて行くと原子力発電を今後も日本で行って行くのはきわめて難しいのではと思えてなりません。