iTunes Store(Japan)

  • iPhone ショック

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    林信行氏によるiPhoneショック ケータイビジネスまで変える驚異のアップル流ものづくりを読み終えた。iPhone を製品企画、開発、ブランド、マーケティング、販売、サポート、そして iPhone をとりまく生態系にわたって細かく記述され、それらがアップルの歴史と絡めて展開されているのが興味深い。

    すでに2001年の時点で、「デジタルライフスタイル」というコンセプトをつくりあげ、iTunes から始まる一連のアップルによるメディア産業における革命は、iPod および iTunes Store や Apple TV そして iPhone と見事にひきつがれてきている。2002 年に iPod を買ったときは、そんなコンセプトが背後に潜んでいるとはまったく知らなかったが、本書を読んで、その構想および企画の先見性には舌を巻いた。

    終盤に日本のメーカーがなぜ iPhone を作れなかったかの分析がなされているが、非常に興味深い。日本の携帯メーカーがキャリアを見ながら製品企画および開発をしているのに対して、アップルが顧客の視点、もっといえばユーザーが楽しんでわくわくしながら使えるようなものを徹底して作り上げるという点が浮き彫りに出されている。品質管理が強すぎて、エンジニアが思う存分やりたいことをできないという指摘もおもしろい。すなわち、ユーザーからのクレームを恐れるあまり、斬新なデザインや発想が犠牲となってしまうというのである。このあたりは、先日の日本のソフトウェア産業はなぜ弱いかとも絡む話ではあるが、日本の製品開発がハードウェア指向で完璧を求めすぎる嫌いがあるという指摘を思い出させる。

    先日の CNET のiPhone users: Think young and rich, not different という記事において、iPhone 所有者は技術オタクが多く給与水準も高いという統計調査が出ていた。こうしたメーカーにとってはこんなユーザー層に指示されるというのは非常に喜ばしいことであるが、本書の指摘にもある通り、携帯電話が最初からパソコンとつなぐことを前提としているということを考えると、そうなるのも無理からぬことと思える。しかし、周りを見渡すと、そうしたユーザーのみならず、老若男女とはいわないまでも、様々な年齢層や職種に属する人々が iPhone を持ち始めているのを考えると、改めてこの製品は本当にすばらしいものだと感じるものである。おそらくドラえもんが四次元ポケットから取り出して、数分後にはのび太が使いこなしているというようなシーンを思い描ける最初の製品といってもいいかもしれない。

  • 14歳からの戦争学

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    松村劭氏による戦争学を教える本「14歳からの戦争学 (H&I新書)」を読んだ。「戦争はよりよい平和を作るための手段」と定義し、限定戦、局地戦、全面戦争など、様々な戦争の種類を定義した上で、明治以降の日本が太平洋戦争に負けるまでの歩み、および今日の日米関係や、今後日本がとるべき姿を書いている。その中で注目したいのは、戦後、日本国内で戦争を語ることは愚か、先の戦争でなぜ負けたかを論じることはタブーとなり、それが現在の若者を戦争に対して無知ならしめているとして、著者が必死に自分の戦争論を語っていることである。

    当時の混乱の中で定められた日本国憲法は、サンフランシスコ講和条約により、日本が独立を確保したときに会見されるべきであったという主張も興味深い。たしかに日本がいまだにアメリカにおんぶにだっこの状態から抜け出せないでいるのは、憲法によるところが多分にあるだろう。

    論調はあたかも大学の講義で使われる教科書のようで、14歳の中学生にはちょっと難しいのではと思えるが、現在出ている改憲に関する議論について、「なぜか」を考える上では非常に参考になる本である。

  • 日本語文法の謎を解く

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    金谷武洋というモントリオール大学で日本語を教えている人が書いた本「日本語文法の謎を解く―「ある」日本語と「する」英語 (ちくま新書)」を読んでみた。彼が普段教えている日本語を、かの地で日常的に使っているフランス語と英語と比較しながら日本語の文法を今までにない視点で解説している。

    面白いと思ったところを思いつくままに書いておこう。

    ・従来の英文法に乗っ取った日本語の文法説明は非常に無理がありわかりづらいと思っていたが、彼の主張する「ある」という表現からみた日本語の捉え方は非常にすっきりしてわかりやすい。

    ・もともと自然や人知の計り知れないものに対する恐れや敬いが日本人の中にあったが、その考え方がそのまま備わったのが日本語である。すなわち、大自然や、不可抗力的なものによるものにたいしては、「ある」をつかう一方で、人が何かの行動をとることを「する」としてとらえるのが日本語である。

    ・「ある」にまつわる表現は、尊敬と受身が関わってくる。これは、自然や人知の及ばないものに対して古来人々が抱いた尊敬の念からくるものである。

    ・実際に日本語の尊敬表現は、「ある」をつかうものが多い。

    ・一方、謙譲語と呼ばれる表現には、「する」を使うものが多い。これは、「ある」とは対照的に行為の対象者からみた行為者の相対的な立場を反映している。

    ・日本語には主語がなくてよい。なぜなら問題としているのはあくまでその場の状態であり、その状態をもたらした行為者にはあえて触れなくてもよいか、あるいはそもそも関心がない。

    ・たとえば、英語では “I can see Mt. Fuji.” というが、日本語では決して「私は富士山をみる」とは言わない。ただし言い方は、「富士山が見える」である。すなわち、この場合は行為者としての主語には関心がなく、話題の中心はあくまで富士山であるので、主語はなくてよい。

    ・日本での地名はたいてい自然のものにちなんだものが多く、人名にちなんだ地名はまずない。むしろ地名から人名が選ばれるのである。一方、アメリカやイギリスでは、地名は人の名前からつくものである。

    ・カナダにも古来インディアンに親しまれてきた地名には、自然にまつわるものが多い。たとえば、オンタリオ、オタワ、モントリオールという地名は、皆元々インディアンたちが自然を敬愛して呼んだ地域の名前からきている。

  • ダ・ヴィンチ・コード

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    ダ・ヴィンチ・コード」は去年、映画化されて何かと話題になった本である。映画を見る前に本を読みたいと思って、日本に帰ったときにブックオフで購入しておいたものをようやく最近読んだ。読み始めるとのめり込んできて一気に上下刊を読み終えた。

    世界史の復習という意味では非常に参考になった。また、キリスト教の歴史をこういう角度からみることもできるのかという、新たな視点をもたらす上でも興味深い本だった。謎解きを読者とともにさせていくのも面白い。

    ただ、後半になって、展開が怪しくなった気がする。ある人物と別の人物の結びつきが、「ありえないだろう」というようなストーリー展開をもたらしたような感想を持った。

    いずれにせよ、今後本作品の主舞台となっているパリに行く機会があると、いろいろな意味で楽しめそうだ。

  • ボロボロになった派遣国家

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    北野幸伯氏によるボロボロになった覇権国家(アメリカ)を読んだ。「国家のライフサイクル」という概念を導入し、各国がどのように栄枯盛衰を極めてきたかをわかりやすく淡々と語っている。

    その論調において、彼はアメリカの国力が衰え、影響力が減少していくのは明らかになっているとし、中国やロシアの台頭が今後一層顕著になっていくと予想、というよりも予言している。

    アメリカが19世紀中ごろから日本占領を考えていたという話や、彼の個人的なロシアでの体験もつづられたソ連の崩壊およびインフレ、そして昨今の活況ぶりなど、非常にわかりやすい記述ではあるが、内容は濃い。

  • お江戸でござる

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    杉浦日向子氏の「お江戸でござる (新潮文庫)」をデトロイト出張のための飛行機の機中で一気に読んでしまった。この本、あたかも杉浦氏が江戸の町を観光案内しているかのように生き生きと描写しているので、大変おもしろい。

    17世紀の時点で、パリやロンドンをしのぐ100万人以上を抱える市に膨れ上がっていたにも関わらず、水道が整い、リサイクルシステムが完全に整い、士農工商の区別は実はそれほどなく、みなしごや体の弱い老人を町で支えあうシステムが整い、識字率は7割ほどに達し、春夏秋冬それぞれの季節に応じた文化的な活動を人々が楽しんでいたというのだから、現代の我々も学ぶところが大変多い。

    リサイクルシステムは、徹底しており、和紙を何度でも使い回す、本は大切に扱い、100年以上持たせる、ろうそくの蝋は、皿に落ちた分もすくいとって再利用する、髪の毛をとかしたり、風呂に入ったりしたあとに出た髪の毛は、かつらやつけ毛などに使う、割れた茶碗や皿は、白玉粉で接着して、はんだづけのように熱して固めて再利用する、炭などを燃やして出た灰は肥料にしたり、酒をつくるときに利用したり、漢方薬に利用したり、藍染に使ったりする、傘は紙と骨をとことん使い回す、などなど、何も捨てるところがないくらいの徹底ぶりである。

    考えてみれば、日本人でない人々が経営している怪しいアメリカの日本食レストランでも寿司、天ぷら、そばなどはおいてあるが、これらは江戸時代の江戸発のものである。

    今後は、食べ物に限らず江戸の人々の生き方、考え方、哲学、思想なども世界に広めていく必要があるのではないだろうか。

  • カーリー・フィオリーナのサイン会

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    Fry’s Sunnyvale 店にて、 カーリー・フィオリーナさんのトーク&サイン会にいってきました。彼女自身が秘書からキャリアをスタートさせて、当時は「いったい会社のトップというのはどういう人たちなんだろうか」と思っていたということから話はじめ、結局トップに立ってみて人は皆同じなんだ、だから異なる立場にいてもどこかに共通項を見つけられる、あとは事実とハートで口説き落とすんだというような、興味深い話をしてくれました。まあ結局は彼女の本の売り込みではあるのですが、いろいろとおもしろい小話がありました。

    で、サイン会のときに2冊用意していって、彼女に「あなたはかつてちょっとだけ自分の大ボスでした」等と話し、「先月結婚した妻の分も」と頼み、例のカーリースマイルで “Congratulations!” と祝ってもらいました。