BBC が日本語クイズを出している.
http://www.bbc.co.uk/languages/japanese/challenge/
お時間のある方はお試しあれ!
今日、友人の M 氏が面白いことを教えてくれた。彼の友達のアメリカ人で、日本語に詳しい人が、
「俺、日本語で No Thank You を何というか知っているぞ」
というので、M 氏が
「それはなんだ?」
と尋ねると、
「『ありがとうございません』だぞ」
というのである。
文法的には完璧な日本語である。しかし今までの人生でこのような表現は一度も見聞きしたことがない。文法から言葉を学ぶと、こういう発想が出てくるところが危険な点でありかつ面白いところでもある。自分たちも英語の表現をついついこんな風に作文してしまうのかもしれない。
2003年7月末にアメリカに移ってきてから、5年半が経とうとしているが、その間に日本国内の情勢はどんどん変わり、新しい言葉や略語が増えてきている。その一方、自分の頭の中は2003年半ばから、ネットや本で目にする言葉以外、あまり新しい言葉や表現、トレンドに接していない。したがって、わからない日本語が増えてくるのは当然だろう。
最近まで、「アラフォー」という言葉がわからなかった。どうも Around 40 すなわち40歳くらいということらしいのだが、こんな変な単語、勝手に創るなと思ってしまう。
そんな中、こんなリストが発表されている。
わからない最近の略語ランキング
http://ranking.goo.ne.jp/ranking/999/abbreviate_language/
どれもこれもまったくわからない。
まあ日本にいても、世代が違ったりすると、一部ではやっている言葉が全くわからないものである。まあわからないからといって、別に焦る訳でもないし、わかろうとも思わないので、どうでもいいといえばどうでもよいのだが。
ちょっとした用件があり、日本に短期間滞在することになった。着いてから24時間以上が経過したが、この間にみたこと感じたことを忘れないうちに書いておきたいと思う。
成田空港に昨日着いた時点での気温が 23.8 度であり、曇っていて予想していた暑さはなかった。飛行機から降りたときのあのムアーっとした南国みたいな湿気を帯びた熱風がいつもの夏よりも弱く、「あれおかしいな」と思った。外に出ても湿気がそれほどなく、さわやかでからっとしている。家に着くと「カリフォルニアの天気を持ち込んだのでは」と言われたくらいである。今日も長袖を着ていないと肌寒いくらいで、サンフランシスコの日中みたいな感じだった。
現在日本では無収入なので、たまに日本に帰るときはドルを少し持っていって、銀行の自分の口座に預けるようにしている。そうでないと、時々買う日本の Amazon や iTunes Music Store のための資金や、奨学金の返済の支払いに不足が生じてしまう。実際、最近は円が一ドル 110 円くらいまで下がっているので、タイミング的にも良い。
成田空港内の銀行に行って、換金をしたのだが、次に自分の口座にお金を預けようとしてちょっと困った。「振込は10万円まで」と書かれている。今回預ける額は、これを超えるのでちょっと困ってしまった。そこで近くにいた行員の人に聞いてみると、振込は10万円が限度だが、自分口座に預けるのは200万円まで大丈夫だそうだ。このとき初めて、「自分の口座にお金を振り込む」という自分がよく使っていた表現が間違っていたことに気づいた。すなわち、振り込むというのは、英語でいうと transfer であり、預ける (deposit) という単語と明確に区別して使わなければいけないのだが、自分は「振り込む」といった場合、自分の口座でも他人の口座でも、お金をどこかに移す行為だととらえていたのだった。
成田空港やそこからのバス、および電車の中で気づいたのだが、アメリカと違って公共の場所が静かである。アメリカだと、人の集まるところにいくと必ず誰かが大きな声で携帯電話で話している声か、隣の人同士でも 50m くらい先まで聞こえるような声量の会話が聞こえてくる。また、ヒースローやシャルルドゴールのような大きな空港では、到着ロビーはいろいろな人々がやはり大声で話してにぎわっているものである。ところが成田空港の到着ロビーは、狭いところに人が密集している割にはそれほど騒がしくない。また、バスや電車の中でも直近の人々の声は聞こえるが、遠くの人々の声がこちらまで伝わってくるようなことはない。この感覚はドイツのミュンヘン辺りの感覚と似ていると思った。
空港から実家近くの駅までいくバスを待っている間に、何気なく空を眺めていたが、他の大規模な空港に比べて空港上空を飛んでいる飛行機の数が少ない気がした。もっとも、第二滑走路の方向ばかりを見ていたので、本当の実情とはほど遠いのかもしれない。しかし少なくとも第二滑走路に着陸する飛行機の間隔が、とても長く、一機が着いてから5分くらい経たないと次の飛行機がこないような感じがした。平日の午後三時といえば、SFO や LAX などは次から次へと飛行機が降りてくるものだが、成田では少なくとも第二滑走路の方はそんなに飛行機が飛んで来ておらず、まだまだより多くの飛行機を着陸させられる余裕があるのではと感じた。しかしこれはあくまで感覚的なものなので何ともいえないが、本当はこれが第二滑走路の最大限活用できるキャパシティーなのかもしれない。
妹の家にいき、シャープの Aquos にて、地上波デジタル放送と普通の放送を見比べてみたが、地上波デジタル放送の画質が驚くほどきれいなのにびっくりした。解像度が1440×1080iということなので、どうりできれいなはずである。NHK の大河ドラマに出てくる女優さんのニキビみたいなのや、ほくろが鮮明に見えているのにはびっくりした。オリンピックのアルゼンチン対ナイジェリア戦も、競技場の芝の荒れ具合がひどいのがよくわかる。その荒れた芝の上で、普通にボールをコントロールできている両チームの選手たちのレベルの高さもすごい。
しばらく日本を離れているせいか、気がついたら違和感のある日本語表現が目につくようになってきた。自分が浦島太郎状態になっていて、時代の流れに追いついていないのか、それとも単に自分の今までの言語感覚がおかしかっただけなのかよくわからないが、一応念のためここに書いておきたい。
まず、気持ち悪いのが電話をしてすぐに「おつかれさまです」といわれること。朝早くから、さあ働くぞというときにこういわれると調子が狂う。何か一仕事してちょっと疲れたくらいのときにその苦労や疲れをねぎらう形で「おつかれさまです」とか「おつかれさまでした」とくるのならよいが、電話してすぐに「おつかれさまです」というのは非常に違和感がある。
最近日本語のメールでよく目につくようになった表現に「〜〜たく」というのがあるが、これも気持ち悪い。たぶん「〜〜たく存じます」というのを省略して書いているのかもしれないが、「たく」だけで終わると非常にぶっきらぼうに思えてしまう。きちんと丁寧に「存じます」と付け加えるのがなぜできないのかと不思議になってしまう。
ぶっきらぼうといえば、「コンピュータ」とか「アクセサリ」とか、一番最後の「ー」をつけない表現も気持ち悪い。明らかに発音上は「コンピューター」とか「アクセサリー」なのに、なぜ最後の「ー」をつけないのだろうかとよけいなことに思考回路を使ってしまう。
最近本を読んでいて目につくようになった「です・ます」調と「である」調の混在も気持ちが悪い。小学生のときに国語の時間にこれらの表現はきちんと使い分けるべきだと習って以来、公式な文書や本でそういう混在があると非常に違和感を感じる。メールやブログならカジュアルな場だし、例えば独白の部分は「である」にして、「です・ます」調を誰かにお願いしたりするときに使うようなやり方ができるのですんなりと受け入れられる。しかし売り物にしている雑誌や本でそういう混在があるとこれまた気持ち悪くなってしまう。
ほかにもあった気がするが、とりあえず今日はこの辺にしておきたい。また気づいたら順次書き出していきたい。