金谷武洋というモントリオール大学で日本語を教えている人が書いた本「日本語文法の謎を解く―「ある」日本語と「する」英語 (ちくま新書)」を読んでみた。彼が普段教えている日本語を、かの地で日常的に使っているフランス語と英語と比較しながら日本語の文法を今までにない視点で解説している。
面白いと思ったところを思いつくままに書いておこう。
・従来の英文法に乗っ取った日本語の文法説明は非常に無理がありわかりづらいと思っていたが、彼の主張する「ある」という表現からみた日本語の捉え方は非常にすっきりしてわかりやすい。
・もともと自然や人知の計り知れないものに対する恐れや敬いが日本人の中にあったが、その考え方がそのまま備わったのが日本語である。すなわち、大自然や、不可抗力的なものによるものにたいしては、「ある」をつかう一方で、人が何かの行動をとることを「する」としてとらえるのが日本語である。
・「ある」にまつわる表現は、尊敬と受身が関わってくる。これは、自然や人知の及ばないものに対して古来人々が抱いた尊敬の念からくるものである。
・実際に日本語の尊敬表現は、「ある」をつかうものが多い。
・一方、謙譲語と呼ばれる表現には、「する」を使うものが多い。これは、「ある」とは対照的に行為の対象者からみた行為者の相対的な立場を反映している。
・日本語には主語がなくてよい。なぜなら問題としているのはあくまでその場の状態であり、その状態をもたらした行為者にはあえて触れなくてもよいか、あるいはそもそも関心がない。
・たとえば、英語では “I can see Mt. Fuji.” というが、日本語では決して「私は富士山をみる」とは言わない。ただし言い方は、「富士山が見える」である。すなわち、この場合は行為者としての主語には関心がなく、話題の中心はあくまで富士山であるので、主語はなくてよい。
・日本での地名はたいてい自然のものにちなんだものが多く、人名にちなんだ地名はまずない。むしろ地名から人名が選ばれるのである。一方、アメリカやイギリスでは、地名は人の名前からつくものである。
・カナダにも古来インディアンに親しまれてきた地名には、自然にまつわるものが多い。たとえば、オンタリオ、オタワ、モントリオールという地名は、皆元々インディアンたちが自然を敬愛して呼んだ地域の名前からきている。



