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  • コズメル8日目

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    朝起きて、だいぶ腕のだるい感じは抜けたような気がしたが、でもまだ違和感を感じていた。ゆったりとビーチで休めばよいかと思い、レンタカーを借りて島の東側を訪ねてみることにした。借りたレンタカーは Fiat のセダンのマニュアル車で、最後にマニュアルに乗ったのは何年前かわからないほど運転を忘れていたが、駐車場付近を軽く走り、2,3回エンジンストップを繰り返して徐々にクラッチ操作に慣れてきて、その後まずは南に向かおうとした。

    途中で白い豪華なホテルがあるところでいかにもアメリカ人という感じのおばさんが手を振っている。車を止めると、ここ Wyndom ホテルは自分たちの泊まっている Fiesta Americana よりも安くあがるよと熱心にガイドツアーをすすめてくる。これからビーチに行ったり、遺跡をみたり、博物館をみたいから時間がないといってみたが、それだったら遺跡への入場料をプレゼントしようという。まあガイドについていって、話を聞いて、その上入場料をくれるのならよかろうと思い、車を止めて彼女についていくことにした。

    受付で簡単な説明を受けたあと、ガイドの Alex が現れた。彼はダイブマスターで、コズメルで 600 本以上潜っているという。そこで、自分は今日は腕がだるく感じられるので、ダイビングは休んで陸上でゆっくりくつろぐことにしたと告げた。

    彼が豪華な作りのペントハウスや様々なタイプの部屋を見せる中、どうもしっくりこない印象を受けた。これがロサンゼルスとか、ハワイのリゾート地なら、いいのだろうが、コズメルというメキシコの隅っこにある島にきて、ここまで豪華に建物を造り、屋上にプールを作り、映画館や会員専用施設を作るのはどうかと感じた。ツアーの最後で、Alex が Wyndom ホテルグループの会員にならないかと詰め寄ってくるが、こんな豪華な設備を作り、こうして我々を1時間ほどガイドする人を雇った上、さらにお金までくれるというのは絶対に裏に何かあるに違いないと思い、かたくなに彼の申し出を断った。そうすると Alex も折れたが、最後に捨て台詞のように「お前はその状態なら、すぐにでも Dive House にいって、必要とあれば医者にみてもらった方がいい。土曜日にかえるといっていたが、それは無理だろう」と言った。

    受付の場所に戻り、約束通り入場料をもらったが、どうもAlex のいったことが気になる。だんだん心配になってきたので、島巡りは中止することにして、レンタカーをホテルに戻し、Dive House にいった。

    減圧症

    Dive House で両腕の感覚が鈍っていると告げると、すぐに島内の病院に電話してくれ、ここに今すぐ行けといわれた。こういうときの Dive House の対応の早さと段取りのよさは本当に頼もしい。病院の名刺をもらい、タクシーを拾って病院まで走ってもらい、さっそく先生の診察を受けた。先生が裁縫のときに使うギザギザしたローラーで、両腕、胴体の左右の側、および両足の皮膚表面をローラーで転がすのだが、どうも左の方が鈍っているような気がする。英語で “Same” とか “About the same” とかいうと、「その about とはどういうことか」と聞かれるので、なんとなく左の感覚が鈍っていることを伝えた。また、先生の両手のひらをこちらから向こう側に押したり、上に押したり、下に押したり、さらには拳を作ってそれを自分の目の前にくっつけ先生が両肘を引っ張って離そうとしたり、肘を持ち上げるのを自分が動かないようにしたり、逆にしたに押し下げるのを動かないようにしたりするというような検査をした。さらに、床のタイルとタイルの間の線に沿って、靴の片側のつま先ともう片方のかかとをくっつけながら歩くということもしてみた。どうも左右のバランスがとれていないようで、力を確かめる検査では先生が左側が弱くなっていると感じたらしいし、歩行の検査も動きが何となくぎこちなく、感覚がおかしくなっていると認められた。彼女は「麻痺したような感覚 (numbness) と、何かがはうようなチクチクする感覚 (tingling sense) はまさに減圧症であることを示している。あなたはただちに高圧チェンバー (hyperbaric chamber) に入って治療を受けなければならない」といわれた。US Navy が作ったテーブル6と呼ばれるものに従って、5時間チェンバーの中に入らなくてはならないのだそうだ。パスポートや保険のカードなど必要な書類の何点かはホテルの部屋の金庫に入れてあるので、妻にいったんホテルに帰って5時間後に持ってきてほしいと頼んだ。その間、書ける範囲で自分の個人情報や DAN Japan の情報などを書類に書いておいた。

    木綿製のいかにも患者というような服に着替えると、もう一人の患者であるウォリーという老人を紹介された。彼はどことなく落ち着いていて、当初患者ではなく医者なのかと思った。そうしたら、もう二人、一緒にチェンバーに入る人々ということで、イサベルとファニータを紹介された。彼女たちは看護婦として自分たちがチェンバーに入っている間、いろいろと面倒を見てくれるのだそうだ。


    チェンバーは、2段構造になっていて、入り口付近の部屋の直径は 2 m ほどで、奥側の部屋は直径が 3m ほどになっている。その二つの部分を、よく潜水艦や宇宙ステーションなどで使われる円形扉に車のハンドルのでかくなったようなハンドルが着いたものが仕切っている。奥側の部屋に4人が入ると看護婦の一人がハンドルを回して扉を閉めた。自分は簡易ベッドみたいなものに横たわり、ウォリーは椅子に座った。イサベルとファニータは飲み物が欲しかったら遠慮なくどうぞと言ってくれたが、なんとなく炭酸の入ったものは飲む気がしなく、水を頼んだ。また、内部では外のプロジェクターからテレビが白い壁に対して照射され、映画のリストの中から1,2本頼むことができる。典型的なハリウッドのアクション映画ばかりが並んでいるが、どうも銃で人を殺したり、血を流したりするような殺人場面の入ったものは見たくない。”Speed” というタイトルが目に入り、これなら懐かしいロサンゼルスの町並みがみられるし、たしか殺人シーンもなかったはずだから安心だろうと思って、これを選んだ。そうこうするうちに、チェンバー内の気圧が高まっていき、18m (60 フィート) の潜降と同様の状態となった。当然耳抜きをして、普通のダイビングと同じような対応をしなければいけないのだが、このときにプロテクター、すなわちヘッドホーンをつけさせてくれる。潜降が終わると、今度は酸素マスクをつけることになった。これは、100% 濃度の酸素を体内に取り込んで、窒素の対外への放出を助けようとするもので、20分行った後、5分休憩というセットを3回繰り返し、その後 40 分酸素吸入した後、少し休み、9m (30 フィート) まで気圧を低くしながら今度は60分間酸素吸入を続け、最後にさらに水面付近まで上昇しながら、酸素吸入を続けるという構成になっている。最初の吸入をした後、過酸素状態になったのか、気分が悪くなり、ネガティブな思考がわいてきた。ちょうどそのときに上映されていた Speed でハラハラするようなアクションシーンや殺人シーンがでてきて、まともに映画が見られなくなった。寝てしまおうと思ったが、看護婦たちにそれはだめだといわれ、うつろな瞳でどこということもなく、宇宙ステーションのようなチェンバー内を眺めていた。まあとにかく今ある状態を素直に受け入れるしかないと思い、休憩後再びマスクをして酸素をすった。今度は両腕が内部からじわじわと刺激されているような感覚がきた。2本目の酸素吸入の後で両腕をぶらぶらしていると、通信機を通して外部で内部の状態をモニターしている診療師から、「状態はどうだ」と聞かれた。麻痺したような鈍い感覚がなくなり、じわじわとした感覚がわき起こってきたと伝えようとしたが、どうも向こうも英語が母国語ではないメキシコ人なので、感覚が通じていないようだ。するとウォリーが “He says that numbness is gone and it’s changing to tingling” と見事に自分の状態を伝えてくれた。後でわかったことだが、彼は既に前日チェンバーに入っていて、今日が2回目だったので、より場慣れしていてこういうことが言えたらしい。

    3回目の吸入セッションくらいで、ウォリーが出て行くことになった。彼は半分の時間でいいのだそうだ。イサベルとともに入り口に近い狭い方の部屋に出て行き、室内は自分とファニータだけになった。彼女は年は40代から50代くらいだろうか、チェンバーに入るのは今日が初めてだというのだが、看護婦としての経験からか、どっしりとした存在感があり、頼もしく思える。しかし英語自体はほんの少し必要最小限話せる程度なので、会話自体はできない。彼女とはほとんどしゃべらなかったが、酸素マスクをつけるときや、耳のプロテクターをつけるときや、水が欲しいときなど、適切に対応してくれてありがたかった。

    5時間というのは本当に長い、幸いトイレにはいかないで済んだが、途中で気持ち悪くなったときになんとなくトイレに駆け込みたいような気分にもなった。しかし、通常のダイビングと同じように、深呼吸をしてリラックスしようと心がけ、なんとか落ち着くことができた。

    最終吸入は、ファニータも一緒に行った。これは彼女も圧縮された空気を吸っていたので、彼女自身が体内に窒素をためている可能性があるための配慮だろう。実際に US Navy Table 6 には、最終段階では、介添者も酸素を吸うように指示がされている。ようやく地上の空気圧に戻り、チェンバーから出ると、さっきとは違うメンツのスタッフと妻が立っていた。このときに妻の顔を見られて本当にうれしかった。なぜかチェンバーの前で撮影をしたいとそのスタッフの一人が申し出て、なんだかよくわからないままチェンバーの前に立った。昼ご飯も食べずに5時間もチェンバーにいたからなのか、治療のせいなのか、何かよくわからなかったが、とにかく体が弱くなっていて、むしろチェンバーに入る前よりも体調が悪くなっている気さえした。

    ほどなくして、チェンバー内にいたときにいろいろと指示を送っていたというエルネストという人が自己紹介してきた。彼の英語は聞き取りやすく、かつ非常に頼もしく安心感がある。彼がチェンバーに入ったときの典型的な例として、高濃度の酸素のために身体が反応して気持ち悪くなることがあるということや、入った後でも酸素が体内の窒素と結合する過程で体の節々に違和感を感じることがあるということを教えてくれ、そういうものかと納得した。彼は同時に保険会社の Blue Cross や DAN の事務所にも連絡してくれていて、なるべく自分が直接病院に支払いをするのではなく、まず保険会社が病院に払って、あとから Blue Cross が必要な額を自分に請求するような手はずを整えるように交渉してくれた。本当にこの島にいる人々は親切でとても安心できる。彼はとにかく食事をして、元気になった方がいいとアドバイスをくれて、病院を出ていいよと告げてくれた。明日10時にまた先生に診てもらうようにともいわれた。

    • [...] 週末に、減圧症の件でお世話になった Padilla 先生とエルネストにあてて、はがきを送ろうとした。日本によく封筒を送るので、海外宛の封筒は現在94セントになっているというのは知っていたが、はがきについての現況についてはよくわからなかった。たぶんはがきは封筒に比べて安いのだろうと思い、ついこの間まで有効だった90セント切手を貼って郵便局に向かった。 [...]

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