「服従実験とは何だったのか―スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産」を読み終えた。社会心理学者スタンレー・ミルグラムの生涯を描きつつ、彼の行った実験および社会心理学の20世紀半ばにおける発展の様子を分かりやすく記述している。おそらく大学での講義やセミナーの教科書として主に使われることになるアカデミックな内容になっているが、一般の読み物としても十分に楽しめる。
こうした伝記にありがちな、「彼は優等生でした」というような記述から本はスタートするのだが、一方で大学院時代に統計学の単位を落としたという人間味のあるエピソードをもちゃんと載せている。しかし、このことが彼の研究結果に対する評価が必ずしも芳しくないものになるという伏線にもなっている。
本書のタイトルになっている服従実験については2章が割り当てられ、実験の計画、準備、施行、結果、考察までがつぶさに描かれている。さらにはほかの章でもこの実験が及ぼした社会的な影響が詳しく述べられている。実験の施行段階では、実験者と被険者のやりとりや各国での反応の違いの違いなどが詳しく描かれていて、大変興味深い。具体的な実験は、被験者が教師役となり、生徒役の人に対して、問題に間違えると低電圧から400ボルト以上の電圧までを加えるという罰を与えるというシナリオである。たとえ被験者が生徒の悲痛な叫びを聞いても、実験施行者が実験の継続を強く求めるために、多くの被験者は律儀に電圧を高く与えていく。実際には実害を受けた生徒役の人はおらず、前もって録音された人の声しか聞こえないのだが、このことが被験者に与える精神的な苦痛や倫理面での配慮についても触れられている。
残念なのはこれらの実験結果について、統計量が少ないことである。通常、何かある実験を行い、サンプル数を集めたい場合は100以上を最低集めなければ統計的に信用に足らない結果となってしまうとされている。すなわち、ある事象のカウント数が N だとすると、そのカウント数に対する誤差が√N となるため(詳細はここでは割愛する)、たとえば N = 100 なら、誤差は±10となる。これはつまりある人や事象の数が100見つかったとしたら、それは本当の値は実は90かもしれないし、110かも知れないということになる。これがたとえば N = 4 となると、実際のカウント数は 2 から 6 の間と見なさざるを得なくなり、この結果は信用するに値しない。
ミルグラムの服従実験をみていると、被験者の数が足りないように思える。60人くらいの被験者の中から「何パーセントが○○」というような結果を導きだしているが、もう少し多くの被験者を集めるべきだったのではと思う。たとえば同じ実験をして、フランスで67人、アメリカで60人の人が○○だったというような場合は、どちらがその傾向が高いとはいえず、この差はカウント数の誤差の範囲でしかない。これでは将来誰かが追試したときに同じような結果が出るかというと、結構なぶれが生じるのではと感じた。
将来といえばもう一つ気づいたのが、本書でも指摘されている通り、彼自身がこの一連の実験からある種の理論体系を確立できていないこともある。まあいろいろと科学に関する記述はいろいろとあると思うが、自分なりの見解を述べるとすれば、
ある事象について観測および実験によって対象に関わる相互作用を把握し、その結果をもとにその事象を説明できる理論体系を確立し、将来の同様な事象が予測できることを可能ならしめる
とでもいえるだろうか。ところがミルグラムの実験結果からは、少なくとも本書からはこのような理論体系の確立の部分がみえなかった。なんとなく「人はある権威から言われたことを忠実に実行してしまう可能性がある」ということはつかみとれている。しかしこのことから例えば過去のナチスの行為を説明しようとしてはいるが、どうも釈然とした説明が仕切れているとは思えない。もし、理論体系がしっかりすれば、もっと過去のこうした出来事をもっともらしく説明できるだろうし、将来的にどのような組織をつくると組織の目的のために効果的かというようなこともわかるかもしれない。さらに、最近よく騒がれている企業の不祥事や、偽装、賞味期限切れ食材の使用、汚職といった問題についても、組織の上のものが下位のものに対してどういう行動規範や倫理を課せばよいかというようなことに対して研究が進めば効果的な防止策も考えられるだろう。
実際の実験は行われていないが、ドイツや日本で同様の服従実験が行われたらどうなるかと思った。各国を訪れてドイツ人と日本人の共通点をよく見かけるが、その一つに信号をよく守るということがある (これは統計を取っていないので断言できないが、あくまで直観的な判断である。また東京人と大阪人では行動が異なるので、こうした一般化には注意を要するが、ここではそこまでふみこまないことにする)。信号を守るということは、ある意味権威からの秩序付けに従うということであり、そうした傾向の高い人々は、そうでない人々、すなわち信号を守らない人々と比べて、実験結果がどうなるかといったような研究は、大変興味深いと思った。
本書にはほかの興味深い実験についても多数触れられている。特に面白いのが放置手紙法で「6次の隔たり」という、世の中の任意の二人は友達の友達を6回ほど通すことでたどり着くという仮説を検証するものであるが、やり方が実に面白い。最もこの事件についても理論的な体系が明らかになっていないのだが、この実験などは現在のインターネットを使った SNS やメール、SMS を使えばかなり統計量の大きな信頼できる検証ができるのではと思った。ミルグラムがこのインターネットの時代をみることなく、80年代の半ばにこの世を去ってしまったことが本当に悔やまれる。
著者のトーマス・ブラス氏が膨大な資料や家族、知人のつてをたどってミルグラムの一生をかなり細かく描写している。一方、日本語訳自身もすばらしく、こうした翻訳本では飛ばされてしまいがちな巻末の文献や引用もと、さらにはインデックスもきちんと整えられている。したがって、ミルグラムの行った服従実験以外の実験について、より詳しく知りたい場合には、これらからのリンクを探っていくことができる。
このようなすばらしい本を翻訳し、日本語で読む機会を与えてくれた野島久雄の藍澤美紀の両氏に感謝したい。



