今朝のニューヨークタイムズで、Google 上で自分と同じ名前の人を探すという暇つぶしがはやっているということが書いてあった。
Names That Match Forge a Bond on the Internet
たとえば、Sam Blackman という人が同じ名前の人をグーグルで探し出し、親近感を持ち、Angela Shelton さんは別の Angela Shelton さんたちとオフ会をして、本を出しているという。「ドッペルゲンガー」にならって、こうした同じ名前の人々のことを、「グーグルゲンガー」と呼ぶらしい。
このような親近感は社会科学的に説明できるのだという。すなわち、人々は無意識のうちに自分自身を思い起こさせるものを求めるのだという。たとえば、Virginia という名前の人はバージニア州に住む傾向があり、姓が B で始まる人は、2000年の選挙で Bush に投票する傾向があったという。
もっともこの記事では、こうした傾向というとき、サンプル数が書いていないので統計学的には信頼度は低い。しかし、記事にもあるように MINI を運転する人はお互いすれ違うときにクラクションを鳴らしたり軽く手を挙げたりするし、実際に自分でも グーグルで自分と同じ苗字の人を見るとうれしくなったりするものである。特に日本語の名前の場合、漢字表記とよみかたが合致すると余計にその喜びは増す。しかし、今のところ自分のグーグルゲンガーはローマ字表記では多数見つけられているが、漢字表記では見つけられていない。




じょー。
4月 11th, 2008 00:11
しかしあまりにも同じのが多い場合はうんざりすることはないでしょうか。
MINIとすれ違うとうれしいけど、カローラに乗っててカローラとすれ違ってもあまりうれしくないような、、、。
そういう意味ではありふれた名前の持ち主、例えばJohn Smithさんなどは同姓同名を見つけても「あーまたか、ややこしいなぁ・・・」くらいにしか思ってなかったりして。
ちなみに僕のグーグルゲンガーも漢字まで同じという人はGoogle上(というかInternet上via Google)では見つかってません。僕の車(Opel Astra)も日本ではMINIより見かける頻度が低いのでたまに見かけるとうれしいというより珍しいと感じます。。。
Shuji
4月 11th, 2008 05:44
> じょー。さん
Opel Astra は日本で僕の友人が乗ってました。しかしアメリカでは、Opel 自体をみないですね。
それはともかくとして、数が少ないからありがたみがあり、数があまりにも多いとうれしくないというのはわかります。その辺も社会心理学的に説明できるのかもしれませんね。