朝9時40分くらいにEUROLINEのオフィスに電話したところ、 今晩パリ発ロンドン行きのバスの席がとれた。あとはパリ見物を 楽しむだけである。どこに行こうか考えながら電話ボックスをでたら、 さっきホステルであった日本人の若者にあった。彼はこれからカタコンベに いくというので一緒に行くことにした。
カタコンベは地下の墓場である。入り口からら旋階段をおりていき、 しばらくあるくと骨の山がはじまる。おもしろいことに、頭蓋骨と 大腿骨がきれいに並べてあり、十字架やハート型の模様をつくっている。 ほとんどが大腿骨と頭蓋骨ばかりで、たまに骨盤が見られた。これらの 骨がどうやってこんな風に並べられたのか、きになる。すなわちいったん 焼かれてからこうふうに並べられたのだろうか。それともしばらく遺体を ほうっておいて、乾燥したところで骨だけ取り出してこうやって並べた のだろうか。もし焼いたのなら、こんなにきれいに骨は残らないだろう。 それにもともとキリスト教には遺体を焼く習慣はないはずである。 よってある程度遺体を分解して骨を並べたということになるのだろうか。 それにしても保存状態がよい。土がもともと石灰質で、骨を腐らせない ためだろうか。古いものは、1780年代から残っている。日本ならば、 土壌が酸性のため、こういう形で骨が残ることはまずないだろう。 1789年に埋められた骨を探したが、それらはみつからなかった。 その年の前後に埋められたと思われるものは大量にある。革命の途中 や戦争でなくなった人が多数納められているのかも知れない。
次にその日本人の彼と、昼飯を食べようということになった。 地球の歩き方に10フランでたくさん食べられるというところが シャンゼリゼ通りのクレマンシュ駅付近にあるというのでいってみたが、 その店があるという通りはなさそうだ。近くの警官に彼がきいたら、 その通りはずうっとかなたにあるという。やはり地球の歩き方は 「地球のだましかた」である。あてにならない。こういうことをやっていると 日がくれそうなので、彼に別れを告げ、自分一人でベルサイユ宮殿に 行くことにした。
セーヌ川にかかる橋を渡り、INVALIDESという駅から電車にのった。 途中で何台も観光バスが止まっていて、大きな庭と建物がある場所が みえ、おおこの近くで降りるのかと思ったら、終点までいってしまった。 目的のVERUSAILLES RIVE GAUCHE駅は枝分かれしたもう片方の終点である。 いったん枝分かれの付け根の部分にいき、乗り換えて宮殿に向かった。
宮殿はよくもまあこんだけ立派なのを建てたなと感心するくらい 気合いの入ったものだった。ルイ14世が巨額の財政をこの建設に あてただけはある。とにかくおびただしい数の彫刻と絵がおかれている。 一つ一つの柱や壁もとんでもないほど凝っている。いいかげん 見るのがいやになってくるほどたった。これだけの宮殿を維持するには 莫大なお金が必要だろう。こうやって観光客に開放して、見物料を とってそれで賄うのが一番賢いやり方なのかも知れない。
庭もさすがに整然としていてスケールのでかい作りになっていた。 しかしあまりにも人工的過ぎる。徹底的に手を加えて、人工的な 整然さを作り出している。モネが日本の庭園にひかれた 気持ちが分かるような気がした。
庭をでたあと、パリの市街地に戻った。エッフェル塔の前で電車を降り、 そのままボート乗り場に向かった。途中でワッフルみたいなのを 露店で買ったが、おいしくなかった。
ボートにのり、セーヌ川を上流に向かい、30分ほどでひきかえして くるツアーである。ガイドの女性がフランス語、英語、ドイツ語、 スペイン語の4カ国語で各名所を説明していった。さすがに 両岸には名所だらけが立ち並ぶ。大体もう訪れたものだが、 こうやって次々に見ていくと、改めてパリの町の歴史の重みと 壮大な文化遺産を目の当たりにする。ガイドによると、ルーブル 美術館の絵を一つにつき一分見ていくと、4カ月かかるそうである。 それだけ多くの文化がここにつまっている。
エッフェル塔に戻り、そのままホステルに荷物をとりに向かった。 途中で昨日と同じ中華料理屋で夕飯を食べ、荷物をとってから、 EUROLINEのターミナルに向かった。
またこのターミナルがどこにあるかがよく分からない。どうやら地下鉄の駅で 反対側の出口にでたためらしい。一つも案内表示を見つけることができず、 20分ほど重い荷物を背負ってあるくことになった。なぜかパリではこのように 一つのことをするのに偉く手間がかかる。どうもこの都市は好きになれない。 結局ぐるっと回った結果、もう一度地下鉄の駅に入ってからいくのが いいらしい。やっとのことでEUROLINEのターミナルに入った。
パリでの滞在は何だったか振り返ってみる。確かに町は美しい。人類共通の 歴史的遺産もたくさんある。女性の服も洗練されていて、見ていて 楽しい。しかしどうもパリの滞在はいまいち楽しめなかった。なぜだろう。 単に言葉が分からないことから多くのストレスが起因しているのかも知れない。 今まで色々な都市を訪れたが、どの都市でもたいてい英語が通じた。 案内の表示にも英語の表記が添えてあるところが多い。なにをするにも スムーズに行けた。しかしここだけは違った。こんなに言葉が通じないことは 今までなかった。このためにカリカリきて、ちょっとしたトラブルが起きると すぐにそれが強く印象に残ったかも知れない。
だからといって、この国にフランス語と同時に同時に英語表記をもとめる ことは不可能だろう。それだけフランスの人々は誇り高い。またそれにたる 文化と歴史を残してきた。結局訪れる人がフランス語の勉強をしてから いくべきなのだろう。自分にはもう新たにフランス語を学ぶ気力はない。 フランス語をしゃべれる人とくればまた面白いかも知れない。



