起床のあと、フランスパンとオレンジジュース、それにコーヒーの 朝食をとるが、フランスパンとコーヒーが妙においしかった。さすがはフランスである。そのあとでフロントデスクで今日の空きは あるかときくとないといわれる。部屋にかえり、荷物の整理をして、今日の宿探しに出かけた。
MONGEという場所でユースホステルがあるらしいのでそこに向かった。 いくと、ないといわれる。そのかわりにALOHA HOSTELというところを すすめてくれた。一瞬そこにいこうと思うが、遠いのでやめて、元のホステルに戻ることにした。とりあえずここに荷物を置き、 3時過ぎにまたきて、空きがあればチェックインしようと思った。
地図を見て近そうだったのでまずノートルダム寺院に行くことにした。 とてもでかい建物である。こんなにどでかい建物をたてることのできる宗教の力はすごい。
そのあと、セーヌ川沿いをずうっと歩いてみた。まったくその町並みには驚かされた。昔からの建物がでーんと立ち並んでいて、そうそうたる 形相を見せている。うるさい看板やら広告、宣伝は一切見られない。これがパリの町かと、圧倒される気持ちがした。オルセー美術館、 ルーブル美術館、PALAIS BOURBON、HOTEL DES INVALIDESなどを地図を見ながら 確認していった。まったくこんなにすごいそうそうたる建物がこれまた威厳ある古めかしい装いをして堂々とたっているのだから すごい。
やがてエッフェル塔が見えてきた。東京タワーはこれのまねだが、やはり このエッフェル塔の暗い色は町によく似合っている。しかし不思議なものである。なぜ、日本語ではエッフェルタワーや東京塔ではないのだろうか。
エッフェル塔には、2階(3階)まであるいて階段を上っていった。そこからみるパリの町はやはりすごい。堂々たる風格をしている。東京のあの ごみ箱をひっくり返したような雑然さとは大違いである。アメリカの都市と違って、道がまっすぐにどこまでも伸びているわけではないが、しかし町全体としては素晴らしい均整がとれている。途中2階で友達に絵はがきを出した。
エッフェル塔から降りて、地下鉄でCHAMPS ELYSEES CLEMENCEAUまでいった。ここが有名なシャンゼリゼ通りである。この通りには歴史に残る有名人の 名前を冠した駅や広場が多い。CHARLES DE GAULLE,FRANCLIN D ROOSEVELT, CLEMENCEAUなどは、人名そのままである。そのまま凱旋門まで歩いていき、写真をとった。
さて、れいのMIJE MAUBISSON HOSTELにもどると、やはり空きはないといわれた。しょうがないので、さっきのALOHA HOSTELにいってみると、空きはあると いわれた。そこで、ここでチェックインを済ませる。念のため、明日の分も払っておいた。一晩87フランなので、かなりやすい。
そのあと、オルセー美術館に行った。ここはもともと駅だったものを改造して美術館にし、ルーブル美術館の19世紀の作品をもってきたものである。 ここには印象派の作品がたくさんあるときいていたので、探してみるが、なかなかたどりつけない。いろいろと迷路のような館内を歩き回って、 やっとセーヌ川のほうのサイドの3階に印象派の作品を並べた場所を見つけた。やはり中でもモネの作品はおちつく。みているとその幻想的な色使いに 引き込まれそうになり、しばし歩いてつかれていることを忘れさせてくれる。ルノアールの女性画のやわらかさもセザンヌのかたい線だが柔らかい色使いの絵も皆やすらぎをあたえてくれる。やはり印象派はいい。
そのままいい気分に浸ったところで、さきほどのMIJEホステルに荷物を 取りに向かった。とちゅうでファーストフードみたいなところで夕食をとったが、そのフライドポテトが素晴らしかった。外側はパリッと揚げてあるが、内側が柔らかい。いい加減で塩がまぶしてあり、それが味を引き立たせる。 実に素晴らしい。同じフライドポテトでもこうも変わるものかと感激した。
その後荷物をとり、ALOHA HOSTELにもどった。ここは英語を話す人が 多いので助かる。本当にフランスはあまり英語をしゃべる人がいなくて、不自由である。ここのように英語を話す人が多いと、気分が落ち着くものである。同室のシカゴからきているという女の子としゃべったあと、寝た。





