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  • AMSTERDAM, NETHERLANDS

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    起きてシャワーを浴び、朝食をとる。食パンにハムとチーズをはさんでたべる。合計6枚とゆで玉子一つをむりやり食べた。

    その後チェックアウトして、いったん荷物を中央駅のコインロッカーに置いた。まずDAMRAK通りをくだっていき、DAM広場に来た。ここで無数の鳩にまみれながら宮殿の写真をとった。それからANN FRANKの家に向かった。ここはいまは博物館になっていて、当時の様子をできるだけ保ちながら、彼女の日記の一部をパネルやWIN95で紹介している。資料を見ていると、外から子どもたちの笑い声が聞こえてきた。ANNがいたころはこのような笑い声がきかれることはけっしてなかったのだろう。彼女は自分の母親が病死し、父親も行方が分からず死んでしまったと思い込み、希望を失い、イギリス軍による開放の一カ月前に亡くなってしまった。もしそのとき父親が生きているということをつたえきいていたら、今年69歳のおばあさんになっているわけである。あるいは昨日自分の隣に座った老婦人がANN FRANKだったかもしれないわけである。

    いまCELINE DIONの曲をBGMに、カフェでLATTEをのみながら、これを書いている。前の広場を行き交う人々の表情は平和そのものでる。14世紀にこの町が造られてから、600年のときが流れている。この平和を得るためにどのくらいの人々がアンのような悲劇を迎えなければならなかったのだろうか。ここに世界中から集まる人々が互いに憎しみあい、戦うことが考えにくくさえなっている。

    それにしてもこの町は自転車が多い。国土の大半が海面かというこの国がもっとも深刻に地球温暖課の問題をとらえているらしいが、人々はそうしたことに配慮して自転車を使っているのだろうか。そういえばここを隈無く走る路面電車も電動であり、二酸化炭素を出さない乗り物である。

    カフェをでてからVAN GOGH MUSEUMまで歩いていってみることにした。適当な方向にあるいていったら、HEINEKEN BREWERYに出くわした。さてここはどこだろうと、広場のようなベンチで腰掛けて地図を広げた。すぐそこにみえる四つ角を右に曲がってしばらくいき、教会が見えたら左に曲がればいいことが分かった。立ち去ろうとすると、そばのベンチに腰掛けていたおじさんが、”Did you find your way?”と気にかけてくれた。どこにいっても困っていると気にかけてくれるヨーロッパの人々は親切である。

    ちょっと遠回りしたが、1時ころにVAN GOGH MUSEUMについた。前でホットドックが売られていて、あまりおなかはすいていなかったが、食べてみることにした。パンとソーセージしかないものを渡されて、それに自分でマヨネーズやケチャップや玉ねぎやピクルスや、そのほかよく分からないものも混ぜて掛け合わせる。パンとソーセージがとてもおいしく、ほかの物とよくからんでいい味わいを出していた。

    VAN GOGH MUSEUMでは同じ会社に内定している友達、深見さんと2時に待ち合わせていた。何処で会うか指定していなかったのが気になるが、とりあえず暇なので、はいってみることにした。あるいは中でばったり会えるかも知れない。荷物とコートを預け、まずは1階(日米でいう2階)にいき、ゴッホの絵を鑑賞した。ゴッホは始め聖職者になりたかったらしいが、20代半ばから絵を描き始めたらしい。初期のころは、ミレーの影響を強く受け、農民をテーマにして、暗い色調で描いていた。それが弟のTHEOとフランスに移って印象派達の影響をうけてから、あのような個性的な色使いと筆使いマスターしたのだという。その前後での絵の様子ががらりとかわるのが面白い。

    その上の階はなぜか日本の版画が展示されていた。19世紀半ばの江戸時代の人の版画がずらりと並べてあった。あんなにたくさんの版画をいっぺんに見るのは日本国内外あわせて初めてだった。

    一通り見終わってからロビーに行った。しかし2時を過ぎてもまだ深見さんは現れない。2時20分を過ぎてもまだ現れない。ひょっとしてこれは外にいるのかなとおもい、外をのぞいてみるとめがねをかけた東洋人の女の子がきょろきょろあたりを見回している。おおあれに違いないと思い、近寄ってみると、まさに深見さんだった。とりあえず自分が変なところにいたことをあやまり、また、久しぶりの再開を祝して中に入った。

    深見さんはちょうど南フランスのゴッホゆかりの各地を訪れてきたばかりで、「ここもいった」「あそこもいった」と絵にかかれた風景をさしては喜んでいた。彼女はもともとかなりのゴッホファンだったらしく、日本でゴッホ展があると必ず行くという。ひまわりの絵は何点かあるとか、安田火災がこのゴッホ美術館の運営にかなりのお金をだしているとか、いろいろと教えてくれた。

    その後歩いて彼女の泊まっているユースホステルに向かった。ここはちゃんとしたユースホステルであるため、建物も設備も整っている。日本人が多いなと思っていると、深見さんが以前フランスのユースホステルで知り合ったという、関西の女の子がいた。二人は再開を祝し、お互いのその後を話していた。

    荷物を整理して、二人の話を聞くと、結構いろいろと困ったことに出くわしているらしい。深見さんはこちらにくるときの飛行機でコンタクトレンズをなくしたり(だからめがねをかけていたのだ!) 財布をなくしたり、また、関西の女のコも財布をなくしたりしていた。彼女の場合、もう残金がほとんどなく、関西空港から滋賀の自分の家にかえるお金も乏しいくらいだそうだ。これから自分がベルギーに行くというと、余分に買った一日乗車券があるので、それを買ってくれないかという。 2千円でいいという。計算してみるとお買い得であり、人助けにもなるとおもい、買うことにした。

    三人でいろいろとぶらついてみることになった。アムステルダムのちょっと怪しい飾り窓のついた地域は女の子だけでは行けないので、いっしょに行きたいという。ユースホステルからすぐのこの地域は合法とされている売春が盛んに行われている。狭い路地裏にいくつものドアが並び、ガラス窓の向こうはベッドがある。カーテンを閉めて即座にはじめられるようになっているらしい。結構美人でスタイルのいいお姉さんが通行客を招いている。

    この場所から一本表に出たところが昨日とまったコーヒーハウスのあるとおりである。ここも結構怪しい店が建ち並び、怪しいおもちゃが買える店などもある。その中の人つに入り、いろいろと見物した。日本製のものが結構あった。

    アムステルダム中央駅で写真を撮り、その後その前の大きなとおりを歩いていると、Sex Museumというのを見つけ、またとない機会だと、 3人ではいることにした。しかし中はあまりにもそのまんまにあからさまにそれ関係のものが展示してあり、ちっとも興奮しない。もういいやと、適当なところで出てきた。

    ユースホステルに帰った後、二人にベルギーではブリュージュに行くといいとふきこまれた。ここの鐘の塔に登ってあたりを見回すとすごくいいということだった。明日早速行くことに決めた。

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