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  • AMSTERDAM, NETHERLANDS

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    昨日10時前に寝たのでさすがに6時くらい起きてしまった。ねようとしてももう寝られない。それでもふとんにはいってぼーっとしていると、あちらのベッドで寝ていたイラン人だけどドイツに住んでいる若者が起き出して身支度をし始めた。6時半くらいになり、いい加減起きて彼と少しはなしをして、アムステルダムの話を少しきいた。彼によると、アムステルダムの宿は、コーヒーショップなどの上で10人くらいと一緒に寝るのをいとわなければ、やすいのが見つかるという。セントラル駅でいろんな人がビラを配っているので何枚か集め、一番よさそうなのを選べばよいと教えてくれた。

    シャワーを浴び、身支度を整え朝食をとりに行く。昨日とほとんど同じメニューを食べようとしたが、あまりたべられない。食欲があまりないのである。それでも食べられるだけ食べておいた。食堂から見える景色は最高だった。この眺めを間近に見ながら散歩してみたい。そう思うと部屋にかえり、カバンに荷物をつめ、チェックアウトして、もう一度ライン川の川衿を歩いた。本当にきれいな眺めである。朝日のもと、木々が輝き対岸のいえいえが美しく並んでいる。気がつくと粉雪が降っていた。

    その後10時16分の電車でアムステルダムに向かった。みんな適当な席に座っているようなので、自分も適当な席に座ると、途中でまたおばあさんがのってきて、そこは私の席だという。こんどはあまりしゃべる来にもならなかったので、OH SORRYといいながら、隣の席に移った。

    さてアムステルダム中央駅についた。まずは宿を探さなければならない。うろちょろしていれば、誰かがビラを配っているからそれらをうけとって、適当に気に入ったものに入ればいいという、今朝聞いたアドバイスの通りまずはうろうろとあるいてみることにした。するといわれた通り、何人かからビラをもらうことができた。結局一番最初にもらったところに泊まることにした。傍らで二人のアメリカ人の女の子がやはり自分が一番最初に案内された、桑野信義みたいな男に様子を聞いていた。

    一人でその宿と思われる場所のほうにあるいていくと、さっきの桑野信義もどきが寄ってきて、俺の案内した場所に泊まるのかと聞いてきた。そうだというと、ついてこいという。この男、マイアミ出身で、この前の冬に一度一週間帰ったらしいがそれ以外はずうっとこちらにいるという。ビラにさっき彼が書き込んだ通り、一晩13ギルダーかと尋ねると、いや、それは米ドルでの値段で、実際には30ギルダーだという。それならほかのところと変わりはない。ではあんたのところの売りは何かと尋ねると、清潔で、安全で、ちゃんとした朝食がついて、便利な場所にあることだという。階下は居酒屋になっていて、いつでもビールがのめるという。実際行ってみると、地上階がアイリッシュパブになっている。その上の寮のような場所に行くと、確かに清潔ではある。ベッドもロンドンに泊まったときの、木造のミシミシ揺れるようなものではなく、しっかりした鉄パイプのものである。共同のシャワーとトイレもきれいに掃除されている。まあまあ良さそうなのでそこに泊まることにした。荷物をおろしながら掃除をしていた白人の若者と話をした。彼はオランダでずっと住んでおり、いまはここで働いているという。もくもくとまじめに掃除している姿は印象的ですらあった。普通、アメリカだとこういう風に掃除をしているのはたいていメキシコ人であるが、ここではそういうふうな人種による職の区別はそんなになさそうである。隣の部屋には日本人が二人いて、片方は少ししゃべれるが、もう片方はまったくしゃべれないがおまえはちゃんとした英語をしゃべるとか、ここの宿から右に行き、少し行ったところでさらに右はRED LIGHT ZONEだから気をつけろとか、そういうことをはなした。ふと気がつくと、先ほどのアメリカ人の女の子二人が自分のとなりのベッドに来ていた。結局彼女たちもここに泊まるらしい。

    洗濯物がたまっていたので、洗濯に行くことにした。宿をでて右に曲がり、しばらく行くと洗濯屋があるのでそこでお願いした。 6kgで14.5ギルダーという。ついでだと思い、シャツとズボンもあらうことにした。行く途中は実に怪しげな店がならんでいる。SEX SHOPとかそんなような名前の店が何軒か並んでいる。世界中でこのような店の並びははいまのところ歌舞伎町とか、大阪のお初天神や道頓堀あたりか、あとはニューヨークの42番街くらいでしか見たことがなかったが、ここではそれらよりもさらに露骨なのがならんでいる。

    その後、しばらくアムステルダムの町をぶらぶらしてみる。まずお金を換金しに中央駅に向かった。東京駅がこの中央駅にならって作られたというだけあって、よくにている。写真をとった後、駅からずっとまっすぐ伸びているDAMRAKをすこしあるいてみた。それにしても太陽がまぶしい。湿度がなく、乾燥しているからだろうか、やたらと太陽の光が強く感じられる。この太陽がでているうちにと、アムステルダムの運河を巡るツアーに参加した。12ギルダーを払い、背の低いボートに乗り込む。ツアーは中央駅の説明から始まり、色々な名所を尋ねていく。オランダ語、ドイツ語、フランス語、そして英語で各地の説明をしていく。よくみると、運河の端にほとんど民家の部屋がのっかったような船がたくさん見られる。アムステルダムの町は昔から住むところが不足がちだったが、その傾向はいまも変わらず、いまだに船の上に住む人たちがいるのだという。主にレンガ作りの家々の並びに挟まれた運河をボートはすすんでいくのだが、最初は14世紀くらいから造られたOLD CITY CENTREをめぐり、その後JORDANという17世紀くらいから造られた場所を通っていく。途中でアンネ・フランクの家の横を通った。明日行ってみようと決めた。

    アナウンスによると地盤が柔らかいので、こうした家々の骨組みは実は木でできているらしい。ここいらは海面よりも1m下がっていて、 SCHIPOL空港などは5mも海面下にあるのだという。

    ツアーの後、自分の足で町を歩いてみる。店がかなりたくさんある。物価は日本とほとんど変わらないか、少々安めなくらいである。色々な店がほとんど無秩序に軒を連ねている。この雑多感がまた面白い。そうした店が古いレンガ作りの家の中に軒を構え、それらの建物がやはり古くからある教会や広場と共に素晴らしい状態で保存されている。住宅地不足なら、こういう建物を壊してもっと高い建物を造ってしまえばいいことがだ、そうしないところが偉く感心させられる。

    6時には洗濯屋がしまってしまうというので、散歩もほどほどにして戻ることにした。きちんとたたまれてまだ暖かい洗濯ものを受け取り、自分のベッドに戻ると、結構たくさんの人たちがすでに寝ている。自分もまだ体調が優れないのでしばらく寝ることにする。

    10時前におき、さきほどの洗濯屋の少し先にある中華料理屋で夕飯を食べた。こういう体調のときに中華料理はもっとも日本食に似ているのでありがたいものである。満腹になったところで、宿の階下のアイリッシュパブにいき、サッカーの試合を見ながら、 MURPHY’Sをのんだ。その後寝た。

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