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  • 死の壁

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    養老猛氏の「死の壁」を週末に読み終えた。解剖学者ならではの死に対する視点が淡々と書かれている。彼の死の分類がおもしろい。すなわち、英語の一人称、二人称、三人称に呼応させて、「一人称の死」、「二人称の死」、および「三人称の死」を提案している。

    「一人称の死」はあり得ないという。なぜならそれを口にしている本人が死んでいるという状態はあり得ないからである。「二人称の死」とは、相手の死のことであり、この場合の相手とは、話者が身近に感じる人のことである。すなわち、家族や友人、親戚、親しくお世話になった人のことである。これらの人々の死は、非常に心の痛みを伴うものであり、壮絶感が強い。一方、「三人称の死」は、赤の他人の死であり、あまり心に痛みを伴わないものである。医者が患者の死を冷静に見届けられるのは対象となる人が「三人称の死」を遂げるからである。

    二人称の死は人間だけでなく、チンパンジーにも感じられるものだという。彼等は自分達の子が死ぬと、その死を認められず、いつまでもその子を抱き抱えていようとするらしい。

    他に興味深かったのが、中世に書かれた「九相死草子」についての記述である。美女の死後の死体の変化を九段階に分けて絵と共に記述しているのがその書である。ネットで検索すると実際の絵がみられるが、非常にリアルに描かれており、昔の人々が冷静に死という現実を受け止めていたことが分かる。

    死については普段避けて考えがちなテーマであるが、人間一人一人に必ず襲い掛かる運命である。これを意識することで、日頃の生がより充実したものになるとも言える。そういう意味で、現代の人々が自らの命を簡単に絶つことが多くなったのは、それだけ日頃の日常生活で死と向き合う機会が無いからかも知れないと感じた。

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