「それでも恋するバルセロナ (Vicky Cristina Barcelona)」を見に行こうとしたら、既に満席だったので、「ノウイング (Knowing)
」を見ることにした。どうも3月くらいにアメリカでニコラス・ケイジ主演の映画の宣伝をよくやっているなあと気になっていたので、機会があれば見たいと思っていた映画だった。そんな中、昨日たまたま見た何かの記事で、50年前の小学生が埋めたタイムカプセルの中に、暗号めいた数字の羅列の入った紙が見つかり、それが多数の犠牲者が出る大事故を予言していたというストーリーであるという事を読んで、なんだか藤子F先生の SF (すこしふしぎ) な話みたいなので、かなり興味が引かれていた。
見に行った感想をずばり言うと、あまりできのよくない B 級映画っぽいなというものだった。予言された事故のシーンは非常によくできているのだが、ところどころこれはあきらかに CG っぽいなと思わせるものがあり、ちょっとがっかりさせられたという点、ストーリー展開があまり満足の行くものではないなと思わせる点において、多くの人がいい点数をつける映画ではないと思ってしまった。
最後の結末は制作者側の宗教的な背景が絡んでいるかもしれないとも感じた。すなわち、全世界の滅びと、選ばれた人たちのみが生き残るということから、一神教の選民思想を思い起こさせた。また、主人公の宇宙物理学者を演じたニコラス・ケイジが最後のシーンで宗教っぽくなっていく点も、制作者側の現在の科学が持つ限界に対する警告のようにも感じられた。
見終わって結局解き明かされない謎も多い。折々の場面で出てきた石や、途中で少年が見た火事の夢、なぜ、とある女性が亡くなった場所を主人公らが夜に訪れなければならなかったという事、そもそもタイムカプセルに入れる紙に少女が数字を羅列できたのはなぜかという事など、振り返ると疑問点がいろいろとあり、消化不良な気がしてくる。
冒頭に書いたような、藤子ワールドの「すこしふしぎな」世界観に通じる発想がとある紹介文に見えただけに、ちょっと期待しすぎたのかもしれない。
ただ、この映画を見終わったタイミングで、イランで168名がなくなる飛行機事故があったというニュースを見ると、ちょっと怖い気がするものである。



