昨日のニューヨーク・タイムズにて、Thomas Friedman 氏のコラムにおいて、氏がアメリカの再起動を訴えている。
Time to Reboot America
http://www.nytimes.com/2008/12/24/opinion/24friedman.html?scp=1&sq=reboot%20america&st=cse
再起動という言葉を国や個人に対して使うのは、おそらく大前健一氏が最初だったと思うが、彼の訴えを Friedman 氏がまねしたのか、それとも独自に別の視点から同じ帰結に達したのかはよくわからない。とにかく Friedman 氏の主張は、表面的に経営破綻しそうな会社に対して財政支援をするという短絡的な改善策ではなく、ゼロベースで国の再建を訴えていて、このゼロベースからの再建の考え方が大前氏の主張とよく似ている。
このコラムの中で Friedman 氏は自らの香港での空港までの高速鉄道での移動の間、無線 LAN が切れなかった体験と、ニューヨークからワシントンまでの移動の間に携帯電話を使ってインタビューしたら15分間に3回も電話が切れたという体験を比べているが、自分も同様な思いを持っているところだった。すなわち、サンフランシスコからサンノゼという、世界の他の地域からみたらシリコンバレーのまさに最先端を行く地であるかのように思える場所で、携帯電話が途切れやすい電車の区間が少なくとも2カ所ある。また、同じサンフランシスコ、サンノゼ間を結ぶ 101 という高速道路上でも何カ所か切れやすい場所がある。一方、ダイビングの際、フィリピンのセブ島から2時間ほどボートで移動したバリカサグという小島では、携帯電話がばっちりつながり、アメリカ国内でかけるのと遜色ない音質だったし、島周辺の海域でもアンテナはばっちりフルに立っていた。Mountain View に住む友人とダイビングをしながら、「こっちの方がアメリカよりもよっぽど進んでいる」と皮肉を言っていたものである。
アメリカの生活基盤というのは意外にも実はかなり貧弱である。電車はよく故障し、遅れるのが普通である。それでも電車が通っているだけましで、たいていの地域では電車は走らず、バスは頼りにならないくらい本数が少なく、公共機関は無いに等しい。上記のように携帯電話はよく途切れるし、カバー領域も限定される。停電もよく起きて、日本でよくくるような台風くらいの嵐になると、どこかしらで停電が発生する。
人々もそうしたいい加減なインフラ基盤に慣れているのか、普通の人々のサービス業などにおける勤務態度は、通常だらだらと機敏性がなく、仕事も遅くていいかげんである。逆にちょっとでもきびきびと積極的に働ける人は、すぐに昇進してマネージャーレベルに昇格していき、その空席を別のだらだら働く人が埋めるという構図になっている。だからいつまでたってもサービスレベルは上がらない。最も、市場原理にさらされている小売店などでは、こういうサービスレベルだと競争においていかれるので、システムで人々がきびきびと動けるような仕組みが構築されているが、公共機関、たとえば郵便局や免許を発行する DMV などでのサービスはかなり悪い。総じて考えると、少なくとも現場レベルのサービスレベルは日本の方が遥かに高い(しかし生産性となると、なぜかアメリカの方がいいという統計が出るのだが、これはまた別の議論が必要だろう)。
Friedman 氏が述べているように、金融工学に優秀な頭脳が集まる今のアメリカは、今後が危うい。それよりも本来の意味での工学に優秀な頭脳が集まるような仕組みが必要だろう。ソフトウェア産業に身を置く自分としても、日本やヨーロッパと比べて、アメリカでは新しい先端的なソフトの導入が航空や防衛といった極めて優秀な人々がいく会社においては積極的に進むものの、自動車や工作機械、精密機械などのほかの産業ではなかなか進まないことにいらだちを感じていた。もし、Friedman 氏がいうように、優秀な頭脳が金融に流れていて、理工学系に流れなくなっているとすれば、それも当然のことだろう。
大学時代を振り返ってみると、確かにその兆候はあった。90年代前半のアメリカの大学といえば、機械工学や電子工学の学部にはアジアからの留学生が多数占めており、法学や経営学部にはアメリカ生まれのアメリカ人が多くいる傾向があった。そうした学生が学んだことをベースに職を選んでいけば、自然と現在のような結果が生まれるのかもしれない。
もっとも、日本の状況もアメリカに似てきているらしい。すなわち、理工学系に進む学生の数が減り、その分を埋めるべく日本の製造業が最近中国の優秀な大学を出た若い人を採用するようになってきているという記事をどこかで目にした。アメリカの再起動が必要ならば、アメリカに戦後盲目的に追従してきた日本はもっと再起動が必要なのかもしれない。



